第9話


週末の夜、雪子に連れられて足を踏み入れたのは、都会の隠れ家のような小さなワインバーだった。

赤い照明が落とされ、低く流れるジャズが心地よく響く。詩織は、雪子が慣れた様子でカウンターの席を選ぶのを、隣で少し誇らしく思いながら眺めていた。


グラスを傾け、雪子と軽口を交わしていたとき、不意に背後から声がかかった。


「……あれ、雪子?」


振り返ると、派手すぎないけれど華のある女性が立っていた。雪子が目を細めて応じる。


「久しぶりね」


その口調には懐かしさはあっても、どこか線を引いた余裕が漂っている。

女性は軽く笑いながら雪子に歩み寄り、自然に隣へと腰を下ろした。


「全然連絡してくれなくなったじゃない。昔はしょっちゅう顔出してくれてたのに」


――昔。

その一言に、詩織の胸の奥が小さく疼く。雪子の隣にいながら、知らない時間の存在を突きつけられたようで。


女性はグラスを受け取りながら、ふと詩織に目をやった。

少し驚いたように瞬きをしてから、柔らかく笑う。


「……あら、ご一緒だったのね。可愛い子。ねえ雪子、たまにはまた私とも遊んでよ?」


悪意のない声音だった。けれど、その無邪気さがかえって詩織の胸をざわつかせる。

雪子にとって自分は、その「遊び相手」の一人にすぎないのではないか――そんな疑念が、頭をもたげた。


しかし雪子は、女性の言葉を軽く受け流すだけだった。

「……悪いけど、もう興味ないの」

その声はあまりに冷ややかで、けれど隣に座る詩織の肩を抱き寄せる仕草は、どこまでも自然で。


「詩織」

耳元に落とされた声は低く甘く、少し意地悪な響きを含んでいた。


「そんな顔しないで。……それでも、私から離れられないでしょう?」


余裕を纏った微笑み。

切り捨てる冷たさと、抱き寄せる温かさ。

矛盾するはずのそれが同時に存在して、詩織の心を揺らし、抗えないほど強く縛りつけてくる。


胸に広がる不安と、雪子へのどうしようもない渇望。

その狭間で、詩織はまた自分の気持ちを試されているのだと気づいてしまった。



 店を出ると、夜の風がワインで火照った頬を撫でていった。

 詩織は歩調を少し速め、雪子の隣をすり抜けるようにして前に出た。


「……さっきの人、どういう人なんですか」


 声は低く抑えたつもりでも、震えを隠せなかった。

 雪子はそんな詩織を横目で見て、口角をわずかに上げる。


「ただの昔の知り合いよ。仕事帰りに遊び仲間と顔を出してただけ」


「……“遊び”って、ああいう意味ですよね」

 詩織は立ち止まり、雪子を正面から見上げた。街灯の下、雪子の表情は影に隠れて読み取りづらい。


「……昔はね」雪子は肩をすくめる。「でももう前のことよ」


 あの女が笑顔で口にした言葉――“また遊んで”――。

 その何気ない一言が、詩織の胸に冷たい棘のように刺さり続けていた。


「……本当に、今はもうないんですか?」

 必死に問いただす声に、雪子は静かに歩み寄る。詩織の顎に指先を添え、そっと顔を上げさせる。


「詩織は疑り深いのね」

 余裕を纏った声。それなのに、その瞳の奥にはどこか切実さがちらついているように見えて、詩織の胸はさらにざわめいた。


「私は……」

 言葉を継ごうとした詩織の唇を、雪子が軽く塞ぐ。短く深い口づけ。街角にいることも忘れさせるほど、甘く支配的な仕草だった。


 唇を離した雪子が、耳元で囁く。


「それでも……詩織は、私から離れられないでしょう?」


 挑むようでいて、どこかすがるような声音。

 その響きに、詩織は言葉を失い、胸の奥で渦巻く不安と愛情の狭間に立たされたまま、雪子の腕の中で息を呑んだ。


 雪子はそれを見透かしたように微笑み、詩織の腰を引き寄せる。


「ほらね。……結局こうして、私を受け入れてしまう」


 耳元に落とされる低い囁きは、甘い毒のように心を痺れさせる。

 詩織は唇を震わせて言葉を探すが、雪子の気配に絡め取られて、うまく声が出せない。


「……卑怯ですよ、雪子さん」

 やっと絞り出した声には、怒りよりも戸惑いと切なさが混じっていた。


「そうね。でも卑怯でもいいのよ。詩織を縛れるなら」

 雪子の声音は穏やかで、余裕すら滲む。けれど瞳の奥で、今にも崩れそうな必死さが覗いている。


 その一瞬を詩織は見逃さなかった。

 雪子が自分を失うことを、誰よりも恐れているのだと。


 胸の奥に熱いものが込み上げる。

「……そんな顔するなら、最初から余裕ぶらないでください」

 詩織が吐き捨てるように言うと、雪子は小さく目を細めてから、再び強く抱きしめた。


「だって、格好つけなきゃ。……詩織の前くらい」

 囁きは苦しくなるほど真っ直ぐで、切実さが漏れていた。


 詩織の肩口に伝わる雪子の息は熱く、わずかに震えている。

 いつも余裕な雪子のそんな姿に詩織は驚きながらも、愛しさを感じてしまう。

 雪子の体温ごと抱きしめ返した時、詩織の中で渦巻いていた嫉妬も不安も、ゆっくり溶かされていくようだった。



 部屋に戻ると同時に、雪子は迷いなく詩織をベッドへと追いやった。

 壁際で背を預けた詩織を見上げる雪子の瞳は、相変わらず余裕をたたえている。けれどその奥底には、離れまいとする焦燥がちらついていた。


「……また不安にさせた?」

 問う声は甘く低い。詩織は視線を逸らしながら、小さくうなずく。


 雪子はそれを見てふっと笑うと、詩織の顎をすくい上げて無理やり視線を絡ませる。

「いいわ。不安でも嫉妬でも――全部私に向けて」

 その言葉は強引で、逃げ場を与えない。


 暗い部屋に灯されたランプの柔らかな光が、二人を包み込む。

 雪子は詩織をベッドに押し倒すでもなく、ただ上から覆い被さり、耳元に甘く吐息を落とした。


「……逃げないのね」

 雪子の声は余裕に満ちている。指先が詩織の顎をすくい、視線を絡め取る。


 抗おうとする気持ちはまだ残っているのに、体は雪子の熱に抗えない。

 詩織は小さく目を逸らす。

「……逃げたって、捕まるじゃないですか」


 挑むような言葉に、雪子は艶やかに微笑んだ。

「わかってるじゃない。捕まえてほしいんでしょう?」

 その囁きは支配そのもの。けれど、唇の端に浮かんだ笑みは、余裕を装いながらも必死に縋るような色を帯びていた。


 雪子の指がゆっくりと首筋をなぞる。軽く押し込むようにして、触れられるたび、詩織の中の不安と苛立ちは、溶かされるように熱へと変わっていった。


「……本当に卑怯です」

 吐き出す声は弱々しく震えている。


「ええ、卑怯よ。でもそれでいいの。詩織は、私に縛られていればいい」

 甘やかな命令のように告げながら、雪子の唇がゆっくりと肌を滑る。


 詩織は唇を噛み、押し返すように雪子の肩を掴んだ。

 だがその力も、雪子にとっては拒絶ではなく、むしろ甘い抵抗にしか見えなかった。


「ほら……力が入ってない。もっと抵抗してごらんなさい」

 挑発するように囁きながら、雪子は詩織の手首を取って枕へと縫い止める。

 その仕草は一見余裕たっぷりで、どこまでも支配的。


 だが、詩織にはわかってしまう。

 雪子の手がわずかに震えていることを。

 唇の熱が、必死に確かめるように重ねられていることを。


 その切実さを感じてしまった瞬間、詩織の胸の奥の不安はじわりと解けていく。

「……雪子さん、本当に……」

 問いかけの続きを飲み込むより先に、雪子の唇が強く塞いだ。


 舌が絡み合い、支配と従属が甘美な均衡をつくり出す。

 雪子は余裕の笑みを絶やさない。けれどその深く食い込む熱に、詩織は気づいてしまう。

 雪子が、余裕の裏に隠した切実さを。

 どんなに取り繕っても、いま自分を必死に求めていることを。


 抗うふりをしながらも、詩織の腕はやがて雪子の背へと回される。

 その瞬間、二人の間に走る緊張の糸がほどけ、甘く濃密な夜が深まっていく。


「……やっぱり可愛い。抗おうとするところも、全部」

 低く落とされる声は、甘やかな支配の響きを纏っていた。


 詩織はその言葉に、悔しげに顔を背ける。けれど雪子の指先が顎をすくい上げ、視線を絡め取る。

 そこには逃げ場がなかった。


「そんな顔をしても無駄……ほら、ちゃんと私を見て」

 雪子は唇を寄せ、耳たぶに触れる寸前で囁く。その余裕の笑みが、詩織の体温をさらに煽っていく。


 だが——雪子の目は気づいていた。

 詩織が声を押し殺すたび、瞳の奥に宿る微かな揺らぎを。

 背を反らす仕草の中に、拒絶ではなく甘えるような無防備が混じっていることを。


「……ずるい人ですね」

 詩織が搾り出す声には、恨みとも快楽ともつかない色が滲む。


 その一言に、雪子の心が熱を帯びる。

 余裕を保とうと微笑みを浮かべながらも、指先にかかる力がわずかに強まる。


「ずるいのは詩織よ。……そんなに可愛く乱れて、どうして私を試すの?」

 吐息混じりに囁いた瞬間、雪子自身の声が思った以上に掠れていた。


 余裕を装い続けるはずが、詩織の微細な反応ひとつに心を乱される。

 震える睫毛、喉奥から漏れるかすかな声、それらすべてが雪子を翻弄していく。


 それでも雪子は支配の形を崩さない。

 唇で肌をなぞり、囁きで心を縛り、逃げ場を与えないように抱きしめる。


 けれど詩織には、雪子の体温の高さと、指先の僅かな震えが伝わっていた。

 雪子の余裕の仮面の下に、必死に求めずにはいられない切実さが隠れていることを。


「……ほんとうに、私を離したくないんですね」

 詩織がそっと囁いたとき、雪子は返す言葉を失った。


 支配するつもりが、気づけば自分こそ囚われている。

 その事実に胸を締めつけられながら、雪子はただ、深く詩織を抱きしめた。



 雪子の指先が詩織の肌をなぞる。その軌跡は迷いなく、あくまで支配的に見える。けれど詩織がふと喉を震わせた小さな吐息ひとつで、雪子の呼吸は一瞬だけ乱れた。


「……そんな声を出すと、つけ上がるわよ」

 余裕のある微笑みを浮かべて告げる雪子。だがその声音は僅かに掠れていて、抑え込んだ熱が滲んでいた。


 詩織はそれを敏感に察し、視線を絡め返す。挑むような光を宿した瞳に、雪子の心臓は不規則に跳ねる。演じるべき支配の仮面を崩さぬよう、雪子はあえて低く甘い声で命じた。


「……目を逸らさないで、私を見てなさい。私から逃げるなんて許さない」


 詩織は素直に従う。だが、その従順さの奥に潜む意志を雪子は感じ取ってしまう。支配しているはずなのに、翻弄されているのは自分の方――そう気づくたび、胸の奥がじりじりと熱に焼かれていく。


 唇を重ねた瞬間、詩織がわずかに抗うように揺れた。その小さな動きすら雪子には衝撃で、喉の奥に抑えた呻きが溢れそうになる。だが彼女は必死に微笑みを保ち、囁いた。


「……ねえ、詩織。どれだけ惑わせても、結局は私のものよ」


 強い言葉で縛るしか、自分を繋ぎ止められない。崩れ落ちそうな自分を隠すために。

 


 時計の針が深夜を指しても、部屋の空気は熱を失わなかった。

 雪子は詩織をベッドに押さえ込んだまま、何度も唇を重ね、指先で彼女の熱を引き出しては、支配の言葉で縛りつける。


「……まだ終わりじゃないわよ。私が満足するまで、あなたは逃げられない」


 囁きながら胸元をなぞり、柔らかな丘を爪先で撫でる。詩織が背を反らし、声を漏らすたび、雪子は優位を保とうとするように唇を重ね、舌で奥を貪った。


 けれど――。


 詩織が無意識に腰を押しつけてくる瞬間、その切実な熱が雪子の腹を貫いた。抑え込むはずの力が逆に吸い寄せられるように揺らぎ、雪子の喉から堪えきれぬ吐息が洩れる。


 必死に表情を繕い、再び詩織の顎を掴んで無理に視線を合わせる。

「私のことだけ見て。……他の誰にも、こんな顔見せちゃだめ」

 そう言いながらも、熱に濡れた瞳で見上げられると、演じていた余裕は音を立てて崩れていく。


 なのに唇は止まらない。むしろ必死に、詩織の声を奪うように深く塞ぐ。


 雪子の指先は、なおも詩織の肌を支配するように這い回っている。

 しかし硬く結んだ唇の端から洩れる吐息は震え、快楽に崩れそうな自分を必死に覆い隠している。


「……私に委ねて。あなたはただ、私の声に従っていればいいの」

 そう囁く声は甘く響くが、どこか焦りを帯びていた。


 詩織はもう答えにならない声を洩らし、雪子に縋るように腰を絡める。

「……雪子さ…う…ぁ……もう、だめ……っ」

 熱に濡れた瞳で見上げながら崩れていく。


 雪子は一瞬、その必死な表情に呑まれかけ、身体の芯まで蕩けそうになった。

 けれどすぐに顔を近づけ、強引に唇を塞ぐ。

「……黙って。あなたは私のもの……」

 囁きながら唇を噛み、支配の仮面を崩さないように必死に縫いとめる。


 だが――詩織の声は雪子の舌を震わせ、肌を焦がす熱が雪子自身を縛り上げていく。

 理性を失った詩織が無意識に求める動きは、雪子の演じる余裕を容赦なく打ち砕いた。


「……あぁ……詩織……」

 堪えきれず洩れた甘い声。それを誤魔化すように、雪子は詩織の両手首を押さえつけ、なおも優位を演じ続ける。


 雪子は押さえ込んだ詩織の手首を離さず、そのまま身体ごと覆いかぶさる。

 吐息が絡み合い、頬を掠めた長い髪が熱を帯びてまとわりつく。


「……もう逃げられない。あなたは私に壊されるまで、抗えないの」

 低く囁きながら、雪子の指先は詩織の柔らかな曲線をなぞり、濡れそぼる熱へと迷いなく沈んでいく。


「やっ……雪子さ…ん……そこは……っ」

 詩織の声は甘く震え、理性の残滓を掻き消していく。

 抵抗のように背を反らせても、その動きさえ雪子の掌に絡め取られ、さらに深いところを抉られる。


「素直に鳴いて。私に全部、晒しなさい」

 雪子の指が 詩織の全てを乱すように強弱を織り交ぜ這い回る。詩織の身体は反射的に跳ね上がる。

 雪子はその瞬間を逃さず、唇で胸元を強く吸い上げ、痕を刻みつける。


「やぁ……いや……まって…っ」

 涙混じりの声で懇願する詩織に、雪子は笑みを浮かべる。

「……そのまま全部、私に委ねなさい」


 再び絡めた指先が奥を衝き、詩織の喉から声が零れる。

 身体の奥底に快楽が溜まり、抗いようもなく雪子の支配に絡め取られていく。


 雪子自身もすでに余裕を失いかけていた。

 唇を噛んで必死に仮面を保ちながらも、濡れそぼる熱に指を沈めるたび、甘い痺れが雪子の身体をも襲う。


「……詩織、もっと乱れて。私だけに見せなさい」

 命令の形を取りながら、その声は震えていた。

 詩織はもう従順に仰け反り、雪子の腕に縋って、理性を手放していく。


 二人の声と熱が絡み合い、夜はますます深く、果てのない快楽の海へと二人を沈めていった。




 ランプの灯りが、室内の余韻をやわらかく照らしていた。

 詩織は雪子の胸に身をあずけ、力尽きたように深い眠りについている。かすかな寝息と、微かに開いた唇。その姿は無防備で、愛おしさをひりつくほどに募らせる。


 雪子は、ゆるく絡められた腕をほどかぬまま、瞼を伏せて小さく吐息をもらした。

——こんなに夢中にさせられるなんて、思いもしなかった。


 過去に触れてきた数多の夜の中で、これほどまでに自分を追い詰める存在はいなかった。余裕を装い、支配するふりをしても、心の奥で崩れていくのはいつも自分だと知っている。


「……詩織、聞いてないでしょうね」

 そう呟いて、雪子は彼女の頬にそっと唇を寄せる。熱を失わぬまま眠るその肌は、夜の濃密な痕跡を秘めている。


「私、本当はね……怖いの。あなたを縛るために、強引に抱いてしまうのも。…余裕を見せなきゃ、きっと逃げられる気がして」


 指先で詩織の髪を梳きながら、雪子の声はかすれて震えた。

「でも、誰よりもあなたを想ってる。遊んでた過去も、全部捨てていいって、心から思えたのはあなただけ。……ねえ、詩織。あなたしか、いらないのよ」


 返事はない。けれど、眠る詩織の指がかすかに雪子の手を握り返す。無意識のその仕草が、雪子の胸を締めつけた。


「……卑怯よね。起きてたら絶対言えないのに」

 自嘲をにじませながら、それでも離せない。夜明けの静けさに包まれて、雪子はただ一途な想いを、眠る恋人にこぼし続けた。




 カーテンの隙間から差し込む淡い光にまぶたを揺らし、詩織はゆっくりと目を覚ました。

 最初に感じたのは、頬に触れる髪のやわらかな感触と、肌に残るぬくもり。

 そこにふわりと漂っていたのは、雪子の香りだった。

 甘く落ち着いた香水の残り香に、夜の熱が混じったような匂い。

 大人の余裕をまといながら、肌の奥にまで染み込んで離れない、そんな強さを持っていた。


「……ん……」

 かすかな声を漏らすと、すぐ傍に雪子の寝顔があった。

 長い睫毛の影、微かに色づいた唇、安らいだ呼吸。

 ただそれを眺めるだけで、胸が締めつけられる。


 思い出す。

 一晩中、雪子に抱き潰され、理性などとうに失っていたことを。

 強引で、抗えなくて、それなのに優しくて。

 そして今、隣に眠る彼女の体温と香りに、どうしようもなく安堵している自分。


……こんなふうに、私、縛られていくんだ。


 その自覚に、頬がじんわりと熱を帯びた。

 翻弄されるばかりだと思っていたけれど、雪子が必死に自分を繋ぎとめようとしている気配を、確かに感じ取ってしまっていた。


 そっと指先を伸ばし、雪子の手の甲に触れる。

かすかにぴくりと動いたその反応に、胸が疼く。

目を覚ましたら、雪子はまた余裕のある笑みで私をからかうのだろう。

 けれど――その奥にある不安と独占欲を、私はもう知ってしまった。


「……雪子さん……」

 声にならない囁きを、まだ眠る彼女の肩に落とす。

 その小さな変化を雪子は気づくだろうか。

 夜明けとともに始まる新しい一歩を、詩織は胸の奥で確かに感じていた。



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