第4話

合同で開催された慰労会の賑やかな空気の中、雪子はあくまで余裕を崩さない。

けれどその視線は、同僚に軽く肩を抱かれている詩織へと密かに向かっていた。


「詩織さんって綺麗ですね。仕事の時より柔らかい雰囲気で……」

雪子の同僚が、分かりやすく口説き文句を並べる。

周囲からはただの冗談交じりの会話に見えるだろう。けれど、詩織にとっては落ち着かない時間だった。


ちらりと雪子を見ても、彼女はグラスを傾けながら笑顔で別の会話に興じている。

まるで「好きにすればいい」とでも言いたげに、何の反応も示さない。


――どうして、助けてくれないの。

詩織の胸の奥で不安と苛立ちがじわじわ広がる。

そんな中、耐えきれず席を立ち「少し失礼します」とトイレへ向かう。


個室に入り、鏡に映る自分を見た瞬間、心臓が痛いほど脈打っていることに気づいた。

雪子の態度に傷つきながらも、なぜか彼女の視線を探してしまう――そんな自分に戸惑いながら。



親睦会のざわめきが遠のく狭い個室。

ドアの鍵をかける音が響いた瞬間、詩織の背後から雪子の腕がすっと回り込んだ。


「……詩織」

耳に触れるほど近い囁き。優しい響きなのに、逃げ場を奪う甘い檻のように絡みつく。


「ゆ…雪子さん。………」

唇は、雪子の指先でそっとなぞられてすぐに塞がれる。


雪子の手がスーツの隙間から忍び込み、胸元を大胆にかき分ける。柔らかな掌が、詩織の肌を包み込んだ瞬間、押し殺した吐息が洩れた。


「……詩織、震えてる」

雪子は口許に笑みを浮かべ、柔らかい声色のまま、詩織の胸元をはだけさせて指先を滑らせる。冷たい指と熱を帯びた肌が触れ合うたび、詩織は小さく身体を跳ねさせ、声を漏らしそうになるのを必死に噛み殺す。


「ダメ……ここ、会社の人が……」

「そうだね。だから余計に、興奮するんでしょ?」

耳元に吐息を落としながら、雪子の手は容赦なく愛撫を深めていく。胸の尖りを指で転がすように弄ばれ、詩織の膝は力を失い、壁に凭れかからなければ立っていられない。


「……ぁ……ゆ、雪子さん……」

切羽詰まった声で呼んでも、雪子は楽しそうに目を細めるだけだった。

「もっと聞かせて。名前、呼ばれると嬉しいから」

支配的でありながら、雪子の声は優しく絡みつき、詩織の抵抗心を溶かしていく。羞恥と背徳に苛まれながらも、快楽は加速し、理性はもう形を失っていた。


──ノック音が遠くの個室から聞こえた瞬間、詩織は心臓が張り裂けそうになる。

でも雪子は動きを止めない。むしろ意地悪に、さらに深く、彼女の敏感な場所を探り当てる。

「ほら、誰か来るかも。なのに……詩織、こんなになってる」

甘く囁く声に、詩織は声を殺すために自分の唇を噛みしめるしかなかった。


やがて、限界の波が押し寄せ、喉の奥で声が漏れそうになる。雪子の掌が口を覆い、その中で小さな震えが幾度も走った。


やがて力が抜けて雪子に寄りかかる詩織。

荒い息の合間にかすかに絞り出す。


「……なんで……どうして、こんなこと……」


雪子は答えを濁すように、唇を寄せて囁いた。


「理由なんていらない。詩織が可愛いから……それで十分」


翻弄するだけの言葉を残し、雪子は詩織の髪を撫でる。

胸の奥に罪悪感と快楽の余韻を残したまま、詩織はただ震え続けるしかなかった。




──数分後。

二人は、何事もなかったかのように席へ戻る。

雪子はいつもと同じ笑顔で同僚と談笑し、詩織はただ頬を赤らめ、乱れた呼吸を必死に整える。

彼女の胸にはまだ雪子の熱が残り、身体の奥では抗いがたい余韻が渦を巻いていた。


夜は、まだ終わらない。

雪子の瞳が一瞬だけこちらを射抜いた。その視線に、詩織は心の奥まで囚われてしまう。


──雪子の気持ちが知りたいのに、答えはどこにもなく。

ただ快楽に絡め取られる自分が、もう逃げられないと悟るだけだった。


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