第6話 記憶にない私のやらかし

「今、誰が何と言ったんだ?」


 和やかな雰囲気から一転、ロベル様の穏やかな声音が棘々しいものに変わり、騎士たちの間に緊張が走る。


「ロ、ロベル様、気になさらないで下さい。私の振る舞いがドット公爵様を困らせていた自覚はありますから。先ほど、公爵様にも謝罪申し上げたところですわ」


 すると、先ほど非難の声を上げた騎士が、今度はハッキリと私に聞こえるように言った。


 「令嬢の行動は目に余るものがありましたよ。それが簡単な謝罪で許されるとは、さすが高位貴族は違いますね」


 (簡単な謝罪ですって! 過去のジョセフが私にどんな仕打ちをしたかも知らないくせに)


 私の少しムッとした表情に気づいてか、他の騎士たちがその騎士をなだめ始めた。


 「おい、そのくらいにしとけよ、レディに失礼だぞ」


 「そうだぞ。団長を思って言ってるように聞こえるが……本当は、お前の妹が令嬢に傷つけられたことが許せないだけだろ? ……あっ」


 その騎士は慌てて口を押さえたが、私は聞き逃さなかった。


 「私が傷つけた?」


 「口を滑らした者に自分のことを話させるつもりか、グレイ」


 どうやらロベル様にグレイと呼ばれた騎士が、私を最初に非難した騎士らしかった。


 「いえ……副団長、申し訳ございません。ユージェニー様、ご無礼をお許しください」


 「他の方はご存じのようですが、私の振る舞いで妹さんを傷つけてしまったようですね。グレイ卿、お聞かせいただけますか?」


 「お嬢様、お話を伺うのは場所を移された方がよろしいかと」


 事の成り行きを見守っていたダンが、すかさず言葉を挟む。


「そうね、ダンの言う通りだわ。それにこれ以上、訓練のお邪魔をするわけにはいかないもの」


「でしたら、騎士の控室にご案内しましょう。グレイもそれでいいか?」


「……はい」


 ロベル様の案内で私とグレイ卿、ダンの4人でその控室へ移動することになった。


「控室へ向かう途中、外の訓練場も見学していきませんか?」


 そう言いながら微笑むロベル様に戸惑っていると、グレイ卿がぶっきらぼうな口調で続けた。


「どうぞ、ゆっくり見学してからお越し下さい。私は先に控室でお待ちしておりますので」


「では、お嬢様、私もグレイ卿に付いて先に参ります。ロベル様、お嬢様をよろしくお願いいたします。この日を楽しみにしておられましたので」


 グレイ卿とダンとは別れ、私はロベル様のエスコートで外の訓練場へと向かった。


 ロベル様と談笑しながら、木々が立ち並ぶ小径をしばらく進むと、騎士たちの活気のある声が聞こえてきた。

 

 「あの赤い制服を着た騎士様たちも皇室騎士団の方たちですの?」


 「ああ、あの者たちは違いますよ。主に国境地帯を守る辺境伯騎士団です。夏と冬の年2回、彼らも皇宮での訓練に参加する決まりなので」


 「ロベル様たちとは少し雰囲気が違いますわね。あの、尻尾のような房の付いた兜を被っているからかしら? それに交える剣の音に力強さを感じますわ」


 「そうでしょうね。国境近くで戦う敵は、頑丈な防具と大きな剣を必要とするような相手ばかりです。それに、主に過酷な自然環境が戦場ですからね、ああやって実戦に近い訓練をしているのですよ」


 「北の地域では魔物と呼ばれる恐ろしい生き物もいると聞きましたわ」


 「ええ。理由は分かりませんが、ある日、突然、動物より大きく凶暴性の高い生き物が出没するようになったのです。でも、彼らがしっかり守っていますから、この帝都まで来ることはありませんよ」


 ロベル卿の話に耳を傾けながら、どこか自分とは関係のない遠い世界の話のように感じていた。



 ――「これ旨そうだな!」

 

 辺境伯騎士団の厳しい訓練を終え、兜を脱いだ騎士は渡された差し入れに目を輝かせた。


 がぶりと桃にかぶりつくと、みずみずしい果肉とさっぱりしたクリームが口の中で混ざり合い、疲れた身体が一気に癒されていく。


 「いや、本当に旨いな……こんな高級な差し入れ、誰が持って来たんだ? まさか陛下じゃないだろうな?」


 「そんな訳ないだろ、戦費もケチるお方だぞ。……どうやらサレット侯爵令嬢かららしい。意外だろ?」


 「意外というより……またどうせ、ジョセフ団長の気を引くためだろ」


 「それがジョセフ団長への熱は冷めたって噂だぜ。次はロベル副団長に熱を上げているらしいぞ」


 「はっ? いや、節操がなさすぎるだろ。僕だったら、そんな令嬢との縁談はご免だな」


 「ハハハッ! お前みたいな浮ついたヤツでも令嬢はご免だって!? 俺からしたらお似合いだと思うけど」


 「いや、だから、それは……もういいよ」


 気心の知れた仲なのか、二人の騎士は冗談を飛ばしながら笑い合っている。


 「……なぁ、ルディ、この桃を見ているとさぁ」


 「あー、気づいたか、アベル、きれいなピンク色だろ。お前の後頭部みてぇだな」


 ◇


 やっと小径を抜けると、訓練場には似つかわしくない瀟洒で小さな館が見えてきた。


 「ユージェニー嬢、着きました。ここは、騎士が休憩したり、着替えをする場所で、簡単な軽食も楽しめる食堂や応接室も完備されているのですよ。どうぞ」


 応接室では、グレイ卿とダンが待っていた。

 

 「グレイ卿、お待たせしました。ダンもお疲れさま」


 そう言いながら、グレイ卿と向かい合うようにロベル様と並んでソファに腰掛けた。


 緊張からか喉の渇きを感じて、用意された紅茶に手を伸ばした。


 「ユージェニー様、私はグレイ・ラージュ、ラージュ男爵家の跡取りです。この名前を聞いても思い出しませんか?」


 (ラージュ? ラージュ……ラージュ……ラージュ……ラージュ……ラージュ……)


 グレイ卿がじりじりと詰め寄るように、前のめりになって私の答えを待っている。


 「ごめんなさい、何も思い出せないの……本当にごめんなさい!」


 私の薄情な答えに、グレイ卿の顔はみるみる怒りで歪んでいく。


 「ハッ、そうですか。男爵家など取るに足らない家門でしょうから、仕方ありませんね。――半年前の舞踏会で、妹が団長と踊るはずだったのに、ユージェニー様に侮辱されて追い払われたのですよ!」


 「追い払った……私が?」


 「男爵家の娘が公爵である団長と踊るなんて、夢のまた夢。それでも、嫁ぎ先が決まった妹の願いを叶えてやりたくて、必死に頭を下げてお願いしたのに……すべてが台無しに」


 グレイ卿の話を聞きながら記憶の糸を必死に手繰り寄せたが、私のその手のやらかしはあり過ぎて思い出せない。


 (どうしよう、本当に記憶にないわ。だけど、グレイ卿が嘘を言っているとも思えないし、過去の私ならやらかしている可能性は高いもの。私、まともな令嬢になるって決めたんだから!)

 

 私が謝罪の言葉を口にしようとした時、ほんの一瞬、開け放たれた窓の外の雑音とともに不穏なひと言が聞こえた。


 「本当に……爵位が低いと惨めだな」


 (えーと、えっ? 今、ロベル様の声だったわよね。グレイ卿は聞こえていないようだけど)

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