第5話 絡まる糸
楽しかった夜会の後、平穏な日々にすっかり油断していた。
まさか、こんな所でジョセフと出会うなんて。
「サレット侯爵令嬢、ここへはなぜ?」
聞き慣れた声に呼び止められ恐る恐る振り返ると、冷ややかな視線のジョセフがいた。
「不愉快なら話しかけないでよ……非番って聞いていたのに」
思わず漏らした呟きが耳に届いたのか、彼はさらに不機嫌になった。
「何だと?」
(怖い……でも)
今が過去ではないと自分に言い聞かせた。
(私は単純だけど、バカじゃない)
「今まで幼さゆえ、拙い行動でドット公爵様を不快にさせたこと、反省しております」
「ハッ、そうとは聞こえなかったが? まぁ、いい。しかし、好き勝手に追いかけ回しておいて今さら何を言い出すかと思えば、令嬢の身勝手さは変わらないようだな」
(謝罪まで気に入らないっていうの?)
「お怒りはごもっともですわ。申し訳ございません……今後は視界に入らないように致しますので」
深くお辞儀し慌てて踵を返したが、ドレスの裾に足を取られてしまった。
(やだ、転んじゃう!)
「おい!」
ジョセフが私の腕を掴んだ。
「団長! そこで何を? どうしてユージェニー嬢の腕を掴んでいるのですか!」
(ロベル様だわ。最悪のタイミング……)
今日はロベル様のお誘いを受けて、皇宮にある皇室騎士団の訓練場を訪れたのだった。
「あ、あの、ロベル様、私が転びそうになったところを助けて下さっただけですわ」
しばらくロベル様とジョセフは黙って睨み合っていたが、ジョセフは私を一瞥すると立ち去った。
「今、団長にトキメキましたか?」
ロベル様が的外れな質問をし、子犬のような目で私を見ている。
「この状況でトキメク? どうしてそんな事を仰るの?」
「それは……お二人の雰囲気がただならぬ様子でしたので」
「ただ、ご挨拶を交わしただけですわ」
パァーッとロベル様の顔が明るくなった。
(ふふっ、誠実で優しい方だとは思っていたけれど、可愛らしいところも素敵だわ)
「それより、団長にあんな態度を取って大丈夫ですの?」
「いいんですよ。団長は私のことなど気にも留めていませんから。さぁ、行きましょう」
(それって、ロベル様が男爵家の次男だから、ってこと? 確かにジョセフは由緒を重んじるところがあったけれど……)
「あっ、はい!」
舞い上がっていたせいで、その後もジョセフの視線が私たちを捉えていたとは気づいていなかった。
◇
「ユージェニー嬢、足元に気を付けて。ここは、室内の剣と槍の訓練場です」
私は先ほどの騒ぎも忘れ、ロベル様のエスコートで皇室騎士団の訓練場を案内してもらっていた。
「訓練場は屋外だけではないのですね」
貴族の居室風の室内に、木製や布製の人形が配置され、数人の屈強な騎士たちが剣や槍を手に訓練に励んでいた。
「ええ、私たちが武器を振るう場所は屋外とは限りませんから、様々な場所を再現して訓練場としているのですよ」
「全く知りませんでしたわ。でも、そうですわよね……思ってもみない訓練でしたので、少し驚きましたわ」
「アハハ、汗臭い男たちが、ただ外で武器を振り回している訓練を思い浮かべていたのでしょう?」
「えーっと、はい、そうですわ」
申し訳なさそうに私が少し肩をすくめてロベル様の顔を窺うと、二人して声を上げて笑った。
「おっ、ロベル副団長じゃないですか!」
一人の若い騎士の声に反応して、訓練中の騎士たちの動きが止まった。
「副団長、朝から落ち着かなかったのはレディのせいですか?」
別の騎士がロベル様を揶揄うように声を掛け、みんなが私たちを取り囲むように集まって来た。
「おい、お前ら訓練の途中だろ! 俺のことはいいから。あー、もう、集まってくんな」
(みんな、ロベル様を慕っているようね。ロベル様もすごく打ち解けていて、この雰囲気も心地良いわ)
「申し訳ない、こいつらは遠慮のない奴らばかりで……でも、いい奴らなんですよ」
「ふふふ、ロベル様と騎士様たちのお顔を見ていれば分かりますわ。とっても仲がお宜しいのですね」
「あの、もしかして、レディは宰相のお嬢様では……」
「ええ、ユージェニー・サレットですわ。今日はロベル様のご厚意に甘えて、見学させて頂いております」
「サレット侯爵令嬢とは、失礼いたしました!」
急に騎士たちが直立不動の姿勢で敬礼をする。
「あ、あの、そんなに畏まられると……怖いです」
「コラッ、お前ら、ユージェニー嬢が怖がっているだろ!」
「あっ、ロベル様も気を遣って下さるのは嬉しいのですが……もう少し、落ち着いて下さい」
「えっ? ユージェニー嬢は私に困っているのですか?」
何だか訳が分からなくなり、私は恥ずかしさで赤くなった顔を両手で覆った。
「ハハハッ! 副団長が一番舞い上がり過ぎなんスよ」
みんなが堪えきれないとばかりに大笑いし始めた。
「ユージェニー嬢、なんか……申し訳ありません」
「いいえ、ロベル様! 皆さん、とっても良い方ばかりで、私も楽しんでおりますわ。あっ、そうだわ」
私は思い出したようにパチンッと手を合わせた。
「皆さんへの差し入れをお持ちしましたの。少しお待ちください。ダン」
執事のダンに後で運ぶようにお願いしていたのだが、私たちを探して訓練場のあちこちを彷徨っていたらしい。
「お嬢様、遅くなり申し訳ございません」
「いいのよ。私もこんなに訓練場が広いだなんて思っていなかったから。それより、一人で運ぶの大変だったでしょう?」
「大丈夫でしたよ。旦那様が数人の使用人と運ぶように仰って下さいましたので」
「お父様が? それじゃ、皆様にお配りしてちょうだい。他の訓練場にいらっしゃる方々にもお渡ししてね」
サレット家の使用人たちが手際よく差し入れを配ってくれている。
「わぁ、これはいいや、冷たくて甘い!」
「こんなスイーツは食べたことがないのですが……」
騎士たちは美味しそうにかぶりついている。
「ユージェニー嬢、これは? 一見、桃のように見えますが、中に入っているのはクリーム?」
(どうしよう、この桃……夜会で見かけたピンク髪の後頭部に見えてきちゃった)
ふと背筋に寒気を感じて、身震いをした。
「そ、そうですわ、ロベル様。これは、冷やした丸ごとの桃の中をくり抜いて、紅茶風味のクリームと果肉を混ぜて詰めたスイーツなんです。毎夏、サレット家のパティシエが作る、私とマリーズの大好物ですわ」
「とても美味しいです、ユージェニー嬢! 桃と言えば、大変高価な果物ですが、こんなに贅沢なスイーツを毎年……やはり侯爵家ともなると違いますね」
「ええ……」
私は曖昧に返しながら、ロベル様の瞳に一瞬、羨望のような火種を感じた。
(見間違いよね? 屈託のない方ですもの)
同じようにダンも一瞬ロベル様の表情を見ていたが、すぐに笑顔に戻り、騎士たちと談笑を始めた。
「サレット侯爵令嬢って、なんとなく思っていた方とは違うな」
「ああ、確かに。もっと高慢な令嬢かと思っていたけど、案外、気さくな方なんだな」
そんな騎士たちの声に混じって誰かが、ぼそりと呟いた。
「人って、そんなに簡単に変われるものか? あれだけ団長に迷惑かけておいて、今さら“良い令嬢”気取りとはな」
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