第4話 繋がる赤い糸

 私を襲った男の身元は、ノエルのお陰で下級貴族の次男だとすぐに分かった。


 素行の悪さが仇となり、破談続きで焦っていたらしい。


 いつもは穏やかなお父様も珍しく激怒していた。


 「もう二度と会うこともないから安心しなさい。『誘拐結婚』だと……ふざけたことを」


 「『誘拐結婚』は重罪でしょう?」


 「下らない虚栄心からそんな愚かなことを考えるバカもいる。それに、誘惑して結婚にこぎつけようとするクズもいる」


 「そんな……身分差のある恋が本物だとしても、信じるのが怖くなりそうだわ」


 「ハハハ、どうやら流行りのロマンス小説の読み過ぎのようだな」


 「お父様どうしてそれを……あっ、ダンね! この、裏切り者!」


 ロマンス小説は、こっそりダンに運ばせていたのだ。


 「当主は私だぞ。ダンが秘密を作るはずないだろ」


 「もう! でも今日は気分が良いから、ダンを許してあげる。お父様、今日の夜会でロベル様にダンスを誘われているの!」


 「ロベル・ダルボンか。まだ23歳の若造だが、剣の腕ひとつで副団長になった男だと、陛下が褒めておられたな」


 (ダルボン男爵家の次男か。剣の腕ひとつかは、いささか疑問が残るがな。本当にユージェニーに気があるのか? それとも……)


 ◇


 「あら、今日のドレス、すごく素敵じゃない!」


 「マリーズもそう思う? 良かった! いつものドレスは、ちょっと……ロベル様とは不釣り合いだから」


 なにせボディラインを強調する艶っぽいドレスしか持っておらず、ドレスサロンのマダムに頼み込んで、この夜会に間に合わせたのだった。

 

 シルクの光沢が美しい、濃いネイビーのボールガウンドレス。


 美しいラインを強調させるようにバストからウェストまでフィットし、そこから花のようにドレープが一気に広がっている。


 ジュエリーは控えめにし、髪型はハーフアップのゆるいウェーブにしてみた。


 (ふふん、この上品な色気……いえ、違うわ。色気じゃなくて、上品な魅力! 私は変わった……ううん、変わろうとしているの)


 「レディ、一曲いかがですか?」


 「サレット侯爵令嬢、私とも一曲……」


 いつもは遠巻きに見ていた令息たちが次々と声を掛けてくる。


 「なによ! 外見を変えただけで、こんなに寄って来るなんて!」


 「ふふふ、ユージェニーが言っても、なんだか説得力に欠けるわね」


 「マリーズは誰の味方なの!?」


 「ユージェニーよ。令息たちの反応は褒められたものじゃないけれど、あなたは華やかで家柄も申し分ないし、性格もはっきりしているでしょう? だから、少し気後れしてしまうのかもしれないわね」


 「それが清楚でか弱い令嬢の姿になったら親しみやすいってこと? でも、中身は何も変わっていないのに」


 「まぁ、そう言うことよ。ロベル様が来たわ! 早く行ってらっしゃい」


 マリーズに背中を押されて、勢いよくロベル様の前に出た。


 「サレット侯爵令嬢、今宵は……いつも以上にお美しいと感じるのは、虫が良すぎますか?」


 急に恥ずかしくなって、なぜか思わず頬をプクっと膨らませてしまった。


 「アハハハ、照れているのですか? もしそうなら光栄です。さぁ、どうぞお手をこちらに」


 手に触れるとロベル様の体温が伝わって、心臓が余計にバクバクしてしまう。


 チラッと横顔を見ると、ロベル様の耳も赤くなっている。


 「私たち、なんだかデビューしたての子どもみたいですわ」


 「確かに! ちょうど音楽がワルツになりましたね」


 向き合うと左手をロベル様の肩に置いた。


 ロベル様が手を取り、背に回した腕でグッと引き寄せた。


 「あっ」


 思わず小さな声が出た。


 そのままワルツの音楽に合わせて流れるように踊りだした私たちを、他の貴族たちが魅了されたように見ている。


 その時だった。


 ホールの入り口の方で、令嬢たちの黄色い声援が上がった。


 こちらはクルクル回っているし、令嬢たちが邪魔で誰の入場かも見えない。


 (ジョセフが来たのかしら? まぁ、もう私には関係ないわ)


 「ああ、彼が来たようですね」


 「彼? ドット公爵様?」


 「団長の入場なら、あんなに軽々しく歓声を上げませんよ」


 「ドット公爵様はどこか冷酷な感じがしますものね……あっ、いけない」


 「サレット侯爵令嬢が団長に興味が無くなったという噂は、本当だったのですね」


 心なしかロベル様の口元がゆるんだように見えた。


 「では、あの令嬢たちが騒いでいるのは、どなたですの?」


 「アベル・ブルボン。騎士学校時代の同期なんです」


 「えっ? ア、アベ、アベル・ルルボン? いえ、アベ……ふぅ、興味ありませんわ」


 「人気ですよ……僕と違って恵まれた次男ですし」


 ロベル様の瞳に仄暗い光が見えたように感じたが、思ったより長くワルツを踊ったせいで頭がボーっとしてきた。


 「少し休みましょう」


 ロベル様に手を引かれ、ソファに座った。


 「何か飲み物を取ってきます。ここでお待ち下さい」


 ロベル様が行ってしまうと、マリーズの姿を探したが見つからない。


 すると、令嬢たちに囲まれた背の高い男性の後ろ姿が目に入った。


 (さっき令嬢たちが騒いでいた方かしら? ピンクの髪色って珍しいわね)


 私の視線に気付いたのか、ピンク髪の男が振り向いた……瞬間、目の前にロベル様が立っていた。


 「飲み物をどうぞ」


 「あ、ありがとうございます」


 ほんの一瞬だったが、その男の夏の新緑を思わせるサマーグリーンの瞳と目が合ったように感じた。


 「ユージェニー、ダンス素敵だったわ! あら、お邪魔だった?」


 マリーズが笑顔で手を振りながらやって来た。


 「まさか! お美しいクレマン伯爵令嬢にお会いできて光栄です」


 「お上手ね。ユージェニーを連れて行っても?」


 「ええ、残念ですが。サレット侯爵令嬢、今宵はとても楽しかったです。また、ご一緒できれば嬉しい限りです」


 「私も楽しかったですわ! ぜひ!」


 ロベル様が名残惜しそうに、時どき振り向きながら立ち去った。


 「ロベル様と良い感じじゃない! たっぷり聞かせてもらうわよ」

 

 「そんな! 一曲踊っただけよ。まぁ、脈があるような無いような……」


 「あら!? 面白くなってきたじゃない。ユージェニーに良い笑顔が戻って嬉しいわ」


 「マリーズ、あなたが一番の恋人かも!?」


 二人でお腹を抱えながら、ケラケラと明るい笑い声を響かせた。


 「ねぇ、マリーズ、夜会にとても人気のある令息が来ているらしいの」


 「あら? 気が多いわねぇ」


 「違うわよ! ピンクの……珍しい髪色だったから」

 

 「ああ、アベル・ブルボン様ね。ブルボン辺境伯家の次男よ。彼、すごくハンサムで有力家門のご令息だから、とっても人気なのよ」


 「ふーん」


 「全く興味が無さそうね。まぁ、その方が良いかも。放蕩息子で有名だもの」


 「お酒とかギャンブル? それとも女性?」


 「主に女性絡みね。何もしなくても女性が寄って来るのに、自分から口説きに行くタイプなのよ」


 「ただの女好きなのね。辺境伯の次男がどうして帝都にいるのかしら?」


 「お父上の逆鱗に触れて領地に居づらくなったとか……本当のところは分からないわね」


 「マリーズって、すごい情報通ね!」


 「ノエルが教えてくれたのよ」


 「へぇ、そうなのね」


 (そう言えば、マリーズの片想いの相手って……まさかね)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る