第15話 炎上の檻

 渋谷での出会い以来、土竜の心はすっかり「はず希」に絡め取られていた。

 ビジネスホテルの狭い机にスマホを立てかけ、カラオケ動画を撮るはずが、気づけば歌詞を忘れ、彼女の名を繰り返していた。


「♪ああ〜はず希さ〜ん……」


 画面越しに視聴者のコメントが流れ込む。


《また始まった》

《ストーカー芸やめろ》

《つまらなすぎて逆に笑える》

《虚空の仲間に手ぇ出すなよ》


 低評価の数は動画を上げるたびに増え、ついには高評価数の三倍以上になった。

 しかし土竜は、それを「注目されている証拠」と解釈してしまう。


「みんな嫉妬してんだろ? はず希さんが俺のこと気にしてるの、わかるんだよ」


 そんな妄言を口走った動画は瞬く間に拡散され、掲示板では「土竜=性犯罪予備軍」というスレッドが乱立する始末だった。


 数日後。

 虚空は無言でビジネスホテルの部屋を訪れ、ベッドに座る順太郎を睨みつけた。


「……おい順太郎。お前、何考えてんだ?」


「え? 何って、俺は……表現してるだけだよ。オーバーグラスで、みんなを笑わせて……それに、はず希さんも見てるはずだから」


「バカか。お前のせいで、はず希にまで迷惑がかかってんだ。もう名前を出すな」


 虚空の声には苛立ちが滲んでいた。しかし順太郎は納得せず、子どものように食い下がる。


「だって! 俺にはチャンスなんだよ。ずっと誰にも相手にされなかった俺が、やっと見つけた運命なんだ! はず希さんなら、きっと俺をわかってくれる!」


「……お前、本当に救いようがないな」


 吐き捨てるように言った虚空は、それ以上言葉を交わさずにドアを閉めて去った。


 その夜、順太郎はスマホを握りしめて震えていた。

 掲示板には自分の動画を切り取った「土竜ストーカーMAD」が乱立し、まとめサイトでは《ネットの怪物、はず希に粘着》という見出しが躍っている。


 だが彼はコメント欄をスクロールしながら、ますます確信を深めていた。


「……やっぱり俺は特別なんだ。笑ってる奴らも、本当は俺に注目してる」


 そして、暗い部屋に小さくつぶやく。


「はず希さん……次は、直接会いに行きますから」


 ――炎上の炎は、誰も止められなくなっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る