第11話 悲嘆【第一幕完】
代理人と名乗る男は、次の動画の企画を口にした。
「ほら、前のやつ一本だけでもあんだけ跳ねたんだ。いけるって」
順太郎はうなずきながらも、胸の奥に引っかかるものを覚えていた。
「でも……家族にバレたら」
実際、家では冷え切った空気が続いている。
父は新聞を広げたまま口をきかず、母は台所から一歩も出てこない。
妹はすでに大学に進学し、実家にはほとんど寄りつかない。
夕食の食卓で、母が小さく漏らす。
「順ちゃん……また、ネットで何か言われてるんじゃないの?」
その声は震えていた。
父は舌打ちをし、低く言い放つ。
「働くでもなく、恥を晒して……どこまで親を苦しめる気だ」
順太郎は反射的に否定しようとしたが、言葉は喉で詰まった。
彼の頭には、代理人が差し出した小型カメラとマイクの映像が浮かんでいた。
翌日。
作業所の帰り道、人気のないバス停で代理人が待っていた。
「お前、もっといけるよ。今度はちゃんと企画しよう。社会復帰できるんだぞ」
順太郎は、ふと胸が温かくなるのを感じた。
社会復帰――その言葉だけが、彼を前に進ませていた。
しかし同時に、家での父の冷たい視線、母の泣き腫らした目も消えない。
「……俺、ほんとに戻れるのかな」
順太郎がそうつぶやくと、代理人はにやりと笑った。
「戻れるさ。カメラの前なら、何度でもな」
その言葉に導かれるように、順太郎は再びカメラのレンズに向かって腰を下ろした。
だが、まだ「公開」ボタンは押されていない。
彼の新しい物語は、水面下で静かに形を成そうとしていた。
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