第10話 妄想代理人
2019年。
三十五歳の浜田順太郎は、B型作業所に通っていた。
母に背中を押されて出ていく日々。
だが本人は「俺は引きこもりを支援してる側だ」と言い張り、自分を利用者ではなく指導者のように錯覚していた。
作業所の空気は重い。
知的障がいや精神障がいを抱える利用者たちは、淡々と単純作業を続けている。
だが順太郎は彼らと馴染めない。
会話も合わず、同じ立場に置かれていることを受け入れることもできない。
結果、周囲からも距離を置かれ、孤立する。
そんなある日、順太郎は一人の知人に出会った。
ネット掲示板で知り合った男で、自らを「代理人」と名乗った。
「顔出してさ、またネットでやってみようよ」
「代理人がいるから安心だって」
そう持ちかけられ、順太郎は再びカメラの前に座ることになった。
オーバーグラスは外された。
カメラを構えるのは代理人。
そして配信の第一声は――
「お久しぶりでーす。ホモでーす」
その映像は瞬く間に拡散した。
「土竜が帰ってきた!」
「代理人って誰だよw」
「オーバーグラス外したの草」
まとめサイト、Twitter、掲示板。
数日もしないうちにネットニュースが取り上げた。
「伝説の『土竜』、代理人と共に復活」
作業所の昼休み、ガラケーでその記事を目にする順太郎。
自分の顔、自分の声。
しかし配信の主導権は代理人に握られ、自分の意思などなかった。
周囲の作業所利用者は何も知らずに黙々と手を動かしている。
自分だけが再び、ネットの海に晒されていた。
動画が公開されて三日。
「お久しぶりでーす。ホモでーす」
その一言は、あっという間にネットの定型句になった。
掲示板では新スレが乱立する。
「土竜、復活www」
「ホモでーす禁止な」
「代理人って誰?マネージャー?家族?」
YouTubeやニコニコ動画には切り抜きが次々とアップされ、MAD動画が量産される。
順太郎が画面に向かって無表情に座る映像の上に、アニメソングや流行曲が重ねられ、サブタイトルが勝手につけられる。
【土竜代理人シリーズ #1】
「お久しぶりでーす(迫真)」
TwitterではGIF化された「ホモでーす」の瞬間が拡散し、誰もがネタとして使い始める。
大学生の飲み会、会社員のグループチャット、女子高生のLINEスタンプ代わり。
もはや順太郎本人を知らなくても、この一言だけは誰もが口にするようになっていた。
あるまとめサイトの記事タイトルはこうだ。
「土竜、代理人と共に伝説の第二幕へ」
記事のコメント欄には無数の書き込みが並ぶ。
「生きててよかったw」
「これでまた夏が来る」
「もう存在自体がエンタメ」
――だが、その熱狂の渦の中心にいる順太郎は、作業所の休憩室でガラケーを握りしめていた。
ページを開けば、自分の顔が、知らない言葉と共に転がっている。
「ホモでーす」が、自分ではなく、全く別の誰かのキャラクターとして歩き出している。
作業所の隅で、順太郎はぽつりとつぶやいた。
「俺……支援してる側なのに……」
しかし、その声を聞いた者はいなかった。
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