第8話

  「おや、今は未来を案じている場合では無さそうだ。」と思った。君子危うきに近寄らず、今は己の身を顧みなければならない。何故なら、私たちの行く手に一人の警官が立っているからだ。

 今まで、私たちの立つ道の先は、年の瀬にしては多い車を乗せた辻道が阻んでおり、水晶体の額縁に入れられたこの風景画の消失点を、次々に連続して同じだったり、違う色だったりの車が勤めたのだった。しかし、そんな彼ら或いは彼女らの意図せぬ努力も空しく、この舞台を取り仕切る信号は、助手の彼ら彼女らに袖へ捌けるよう言付ける。その代わり、私たち観客に向かってマジックボックスを開いて中身を見せる。そこから飛び出したのは、先程まで箱の中で姿を消していた警官だった。

 何やら彼は紙とボード、そしてペンを持ってこの十字路を虎視眈々と見ている。不思議なもので、何もやましい点が無くとも、そこに警察がいるというだけで焦燥し、跼り、忍び足でその場を切り抜けたくなってしまう。彼がこちらを意識していないことが明白であっても、この場は虎の尾を踏まぬよう、慎重に行動することを強制する。さほど複雑な構造でないところを見るに、恐らくここは、多くの人が気を抜いて、ちょっとした違反をしてしまう狩場なのだろう。以前そういうポイントがあることを、警察をしている叔父に教えてもらったことがある。

 私が成人を迎えた誕生日、両親と妹、それから祖父母と叔父夫婦が集まった。そして皆お酒を飲んだ。初めて口にしたアルコールはただの苦い液体だったが、父や叔父はそれを喜んで飲み、高揚していた。

「博くん原付き買ったんだってね。」と、「げ」にアクセントを置く変わった発音で叔父は続けた。

「原付きは気を付けないと、僕らの格好の獲物だからねぇ、大学生は慣れてくるとすぐ四十キロとか出すからね、すぐ捕まる。それからね、皆が違反しやすい分かりにくい道とか、油断するポイントとか、そういう所を警察は押さえてるから。僕らも営業と一緒で、ポイント稼がないといけないから、もう皆必死よ。そういうノウハウはすぐに共有される。」

 小さい頃、初めて叔父に会った時、警察をしていると聞いた私は、金色の旭日章が見たいと思い、警察手帳を見せてほしいと言ったが、「一般人にホイホイ見せちゃダメなんよ。」と断られた。「そんな叔父もこういうことは教えてくれるのか。」と思った。

 今通り過ぎた彼も、心にあるのは正義感かはたまた不足しているポイントか、私には知る由もないが、心の内で「お勤めご苦労様です。」と心ばかりの労いを送る。

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