第2話

千陽遥せんようはるかは“魔法少女”だ。


肩口まで伸びた艶やかな黒髪。


驚くほど整った顔立ちに、世話焼きらしい落ち着いた雰囲気。


おろしたての制服は夢ノヶ丘高校のそれであり、着こなしもきっちりしていて、すでに“できる生徒”の空気を纏っていた。


胸元には、純白のネックレス。


控えめながら、どこか不思議な存在感を放つそれは、彼女にとって欠かせないものだった。


彼女は朝影夜月の幼馴染であり、一途に恋心を秘めている乙女だ。


物心ついた時にはすでに友達で、気づけば隣にいるのが当たり前になっていた。


そして、朝影自身が名付けた『巻き込まれ病』の、数少ない理解者でもある。


──ただ一つ。


彼女が“魔法少女”であるという事実だけは、朝影本人にはまだ伝えられていなかった。


(今日も……何もありませんように)


夢ノヶ丘高校へ向かう道すがら、千陽は胸の内でそう願っていた。


入学式という、本来なら少し浮かれてもいいはずの日。


それでも、胸の奥に沈んだ違和感は、朝から消える気配がなかった。




──夢ノヶ丘高校、正門前。


「……人、多くない?」


朝影が、ぼそりと率直な感想を漏らす。


目の前に広がる光景は、入学式というよりイベント会場だった。


新入生だけでなく、在校生や外部の人間らしき姿まで混じり、スマートフォンを構えて校門の内側を撮影している者もいる。


平日のアミューズメントパークより賑やかかもしれない。


そんな雑踏を前に、朝影は露骨にげんなりしていた。


「多いね〜」


千陽は、いつも通りの軽い相槌を返す。


「……高校の入学式って、こんな感じなのか?」


「ううん。今年はちょっと特別みたいだね〜」


口調は柔らかいまま。


だが、その視線は人の多さではなく、周囲を探るように動いていた。


“何か”がいる。


そう直感している自分を、千陽は否定しなかった。


朝影は人混みに意識を奪われ、その変化に気づかない。


「よーくん」


不意に名を呼ぶ。


「今は……できるだけ、私の近くにいて?」


「え?」


「いいから」


珍しく、ゆったりしない言い切りだった。


世話焼きの延長でも、冗談でもない。


切迫した何かを含んだ声音に、朝影は反射的に頷いてしまう。


「……わかった」


並んで歩き、二人は校門をくぐる。


──その瞬間。


朝影の胸の奥が、ひどくざわついた。


理由はわからない。


だが、朝の洗面所で感じた、あの嫌な感覚が一気に蘇る。


「……っ」


歩調が、無意識に遅れる。


「よーくん?」


千陽はすぐに異変に気づき、半ば反射的に朝影の傍へ寄った。


守るような距離感。


その行動に、本人すら自覚はない。


(この感じ……)


千陽は、校門の向こうへ視線を走らせる。


そして、見つけてしまった。


まるで女神のような容姿をした、銀色の髪を持つ少女。


遠目でもはっきり分かる。


“普通”ではない。


存在の密度が、周囲と噛み合っていない。


まるで、そこだけ世界のレイヤーが違うような感覚。


(こんなに早く……?)


奥歯を噛みしめる。


夢ノヶ丘高校の伝説、女神達の交流会。


ただの噂だと、どこかで思っていた。


だが──


(……甘かった)


警戒を強めた、その瞬間。


「……っ」


朝影の歩調が、さらに乱れた。


視線の先。


朝影は銀髪の少女と、確かに目が合っている。


「どうしたの?」


千陽は即座に声をかける。


「いや……なんか」


朝影は言葉を探すが、形にならない。


ただ、視線が勝手に引き寄せられている。


人だかりの中心に立つ銀髪の少女が、口を開きかける。


「……あなた」


(喋るな)


千陽は、心の中で強く願った。


だが、その願いは半分しか届かない。


「……だったのね」


短い一言。


それだけで、十分すぎた。


(……やっぱり)


最悪の予感が、確信に変わる。


幸い、朝影は困惑したままで、深く追及する余裕がない。


少女はそれ以上何も言わず、二人を素通りして校内へと歩いていった。


人混みに紛れて消える背中を、千陽は目で追う。


神代かみしろ……ルナ)


名前は、もう把握していた。


いや、把握してしまった。


(同じ学校……)


そして、たぶん。


(……同じクラス)


魔法少女として、この予感を無視することはできない。


同時に、朝影の“巻き込まれ病”が、再び動き出したことも理解していた。


「よーくん」


のんびりした声で呼びかけ、千陽は我に返る。


無理やり気持ちを切り替えたように、努めて明るく笑う。


「行こ? このままだと遅刻しちゃうよ〜」


校舎の時計塔は、8時53分を指していた。


朝影が頷くのを確認し、案内に従って人の流れに乗る。


(……離れない)


それが、千陽の決めたことだった。


彼が知らないところで。


彼が望まなくても。


朝影夜月の高校生活は、もう動き出している。


そしてその中心には──


間違いなく、彼がいる。


千陽は、誰にも気づかれないよう、静かに息を整えた。






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