十二章 CRC偈 〈巡〉 — 余りを抱いて戻る
〈資料 12-1:CRC偈(循環余利偈)抄〉
図版注:円環の内外に黒白格子の巡。“余”の印を節ごとに打ち、“返”の小孔を外縁に配す。
抄訳:
一、巡って戻れ、余りを抱け。
二、偏りを数え、偏りを赦せ。
三、跳びは循環に戻し、環を細く保て。
保存注:胞子網の通信儀礼。“CRC偈”の名が付与され、祈祷と伝令が統合される。
余白の走り書き:〈巡〉
――
偈は唱えるためにある。偈は数えるためにもある。
私は梁に小さな環を吊り、偈の巡りを書き込んだ。行ごとに指を置き、列ごとに胞子束の濃さを変える。最後の節で余りが零(ゼロ)なら、伝令は届く。余りが立てば、返す。返すとき、濃くするな。濃くすれば、網は濁る。
「CRC(しーあーるしー)」
渡りの骨がカタい名を口にした。名は走る。走る名は骨に貼り付く。骨に貼り付く前に、私は言い直す。「循環余利偈」。巡って戻る余りを利(き)とし、誤りを祓い、護りとする偈。
梁の列ごとに声が立ち、気嚢が返唱する。返唱が重なると、網は厚くなる。厚さは危うい。危うさは嬉しい。嬉しさは危うい。
祈祷盤の黒白が、偈とよく噛み合った。
列の端の余りを抱いたまま唱えると、箱の導の震えが安定した。安定は危うい。危ういのは、私たちが“規”を書くからだ。規は、網を固める。固めれば、割れる。割れれば、欠けが増える。欠けが増えれば、偈は働く。
「伝令(でんれい)を遠くへ」
網の南翼へ息が送られ、北翼の戻りが薄く揺れた。舟を使わず、砂を踏まず、漂いだけで言葉が渡る。渡る途中で誤りが生まれ、偈で抱えられ、余りは護りになる。
私の骨は静かになり、同時に遠い恐れが立った。偈が“護る”のに慣れた骨は、濃い禁を忘れる。忘れた禁は、濃い声になる。
「“禁句器”はどう扱う」
梁の端で年長の交錯者が問う。
「禁は、濃くしない」
私は偈の環の外側に〈禁〉を薄く重ねた。外に置く。外に置くと、風で薄くなる。薄くなった印は、忘れられたときに戻る。戻ったとき、偈が試される。
夜、網の底で、気嚢が一つ、深く息を吐いた。
導の震えが、ふいに速くなり、祈祷盤の欠けの縁に白い粉が移った。粉の移りは、誤りの兆し。私は指で欠けを撫で、跳躍の印に小さく輪を足した。輪は増える。輪が増えれば、環は重なる。環が重なれば、循環は儀礼になる。
「……re…ad……」
声が一度だけ、濃くなった。
私は唱を止め、耳でなく、胸骨と気嚢の間で“二つ”を受けた。読む/記す。導/溝。二つの“違う同じ”が、薄く、ここで揃った。
揃ったから、危ない。危ないから、次が来る。次は、網を離れる。
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