八章 聖路 〈路〉 — 落ちは薄く流せ
〈資料 8-1:聖路敷設略図(噴出孔帯・等勾配周回路)〉
図版注:等勾配図の主輪に沿って“還流井(かんりゅうせい)”と“閾庫(いきこ)”を点在設置。井は上下二口、庫はFe/Niの“触媒鱗”を内壁に貼る。滴り壺は三と二で切替。
抄訳:
一、落ちは還るために集めよ。
二、閾は跨ぐために貯めよ。
三、路は祈りと測量を兼ねよ。
保存注:勾配守第七徒による初期据え付け工、のちの“聖路”標準の原型。
余白の走り書き:〈路〉
――
路は、描けば歩かれる。
歩かれれば、敷(し)かれる。敷かれれば、祈りは安定し、測量は楽になる。私はそれを嫌ったが、やった。嫌ってやるのが、骨によいと知っていたからだ。
周回の節ごとに、還流井を掘った。上口で温い塩を吸い、下口で冷たい塩に吐く。井の腹に触媒鱗を貼り、落ちの端で赤と黒が薄く行き交う。流れの薄さは、祈りの薄さと同じだ。濃くすれば、濁る。
井のあいだに閾庫を埋め、差の端切れを貯めた。貯めすぎると、誰かが旗を挿す。旗はすぐに門(かど)になる。門はすぐに関になる。私は“関を置かぬ”印を白線の端に小さく刻んだ。
投影格の下では、葦の芯の先で滴が数えられる。三で息。二で渡る。斜面がそう言う日は三、そう言わない日は二。
徒(ともがら)は、落ちの薄い変化を言い争い、最後は“薄いほうに寄れ”で落ち着く。薄いほうは、いまのところ誰のものでもない。誰のものでもないものは、誰のものになる準備がよくできている。
「勾配車(こうばいぐるま)を置こう」
スロが言った。井と庫のあいだで、差の行き来で回る小さな羽根。回りは弱いが、弱い回りは、長く続く。羽根の軸に細い線を巻けば、線の先で貝油の灯が少しだけ明るくなる。灯は祈りを静かにし、測量を長くする。
私は頷き、羽根の“鳴き”を耳でなく脛で聴くように言った。羽根は鳴かない。鳴かないが、薄い抵抗で骨に音を置く。
外の骨たちが、路に沿って物を置き始めた。乾魚、塩、薄い紙。紙には五筋の線と点、欄外に小さな記号。彼らは“息”を三とし、欠けを跳び、返しを薄く、と言った。言ったが、印は濃かった。濃い印は、薄い道の上でよく滑る。滑るたび、白線が少し太る。
私は等勾配図の欄外に小さく書いた。〈薄いまま、渡れ〉。
書いた文字はすぐに薄くなり、残った跡が、次の争いの位置を決めた。
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