七章 等勾配図 〈周〉 — 閾を跨いで還る

〈資料 7-1:等勾配図初稿(噴出孔群周回路)〉

図版注:黒板の上に白線で描かれた等勾配の輪郭。主要な“閾石”に印。欄外に「跨」「周」「還」。

抄訳:

一、等しい落ちは、道になる。

二、閾は跨いで数えよ。

三、周回は還るためにある。

保存注:勾配守の“聖路”として周回路が制定される。巡礼と交易が結びつく端緒。

余白の走り書き:〈斜〉


――


斜面は、歩くと静かになる。

噴出孔の縁から周回路に沿って、私たちは一列で進んだ。足の裏の薄皮で温差を拾い、脛で傾きを拾い、腰で風を拾う。拾ったものは、背で合図する。前の背中が一度だけ揺れ、後ろの背中が二度、返した。二度の返しは、濃すぎる。私は指を一本立てて、合図を薄くした。


「ここが第一の閾」


私は立ち止まり、閾石を置いた。石は熱にわずかに鳴った。鳴りは、耳より先に骨に届く。骨が先に数え、耳があとで追う。

周回路は、等しい落ちを繋いで一周する道だ。落ちが等しければ、祈りの呼吸は乱れない。乱れない呼吸は、測量に向いている。測量は交易に向いている。

道の脇に、外の骨たちが見えた。塩を運ぶ者、乾魚を背負う者、見たことのない薄い紙を抱える者。彼らは、周回の入口に立てた標(しるし)を指さしていた。標には、黒板から写した白線が刻まれている。白線は、見ればわかる。わかるものは、すぐに値が付く。


「ここに関(せき)を置くのか」


スロが問う。私は首を横に振る。

「関は、流れを太らせる。太りすぎれば、落ちが鈍る。鈍れば、祈りは濁る。まずは薄く渡す」


薄く渡すとは、印を小さく、声を短く、道具を軽く、ということだ。軽いものは、すぐに遠くへ行く。遠くへ行ったものは、いずれ戻る。戻る時、厚くなっている。厚くなって戻ったものを、私はまだ受け入れたことがない。


夜、等勾配図の端に“周”の字を小さく書き、矢印で起点と終点を同じ標に重ねた。重なったところに、薄いしるしで〈還〉を置く。

還るとは、同じところへ違う勾配で戻ることだ。違う勾配は、同じではない同じを作る。私はそれを好きだと思う。好きだと思うと、危ないと思う。


「イリ」


長が呼ぶ。「交易の者が言っている。お前たちの図は、海の別の浜で使えると」


「使える」


私は即答してから、言葉を薄めた。「ただし、等しさは浜ごとに違う。同じ図でも、閾の数は変わる。変わらせないと、死ぬ」


長は笑い、頷いた。「お前は、よく死ぬと言う」


「よく死ぬものを、よく見ているだけだ」


――


三周目の途中、斜面の下で黒い箱が見つかった。

噴出孔から少し離れた、古い崩れの影。箱は軽いのに重く、冷たいのに温かく、角に小さな傷がいくつもあった。箱の片面には、細い溝が渦のように刻まれている。反対の角には、細い導(みち)が何本も出ていた。導はちぎれ、錆び、潮で白くなっている。


「禁句器(きんくき)か」


誰かが言い、誰かが笑った。

禁句器とは、言ってはいけないことを閉じ込める器のことだ。言葉を閉じる器と、差を閉じる器は、似ている。似ているものは、よく間違われる。

私は箱を抱え、等勾配図の上に置いた。箱は鳴らない。鳴らないものは、よく語る。語る前に、私は導の一本を指でなぞった。導は、指の熱でわずかに応えた気がした。気がした、という言い方を、私は遠い誰かから受け継いだのかもしれない。


「開けるか」


長が問う。

「開けない。閾の外で開ける」


私は等勾配図の端に、小さく〈禁〉の印を置いた。

禁は濃く書かない。濃い禁は、濃い返しと同じだ。濃いものは、骨を鈍らせる。鈍った骨は、落ちを間違える。

箱の角の溝に、粉のような塩が詰まっていた。私は爪で少し掬い、舌で味を見た。塩は、見たことのない苦みを持っていた。苦みは、流れの途中の合図だ。合図は、誰かから誰かへ移る。


「等勾配図に、この箱の位置を写す」


私は白線の端に小さな円を描き、〈禁句〉と書いて、消した。消した跡は残り、残った跡は印になった。印は、薄いほど強い。強いほど、忘れたときに戻ってくる。


夜、周回の最後の閾を跨ぎ、起点に還った。

起点では、外の骨たちが待っていた。塩と乾魚と、薄い紙。紙には五本の線が引かれ、点が打たれていた。点の横に、小さな“息”の記号。私はそれを知っているような気がした。

紙を差し出した者が言う。「これは歌ではない。地図だ」


「知っている」


私は答え、紙の欄外に自分たちの〈閾〉印を小さく押した。

同じではない同じが、薄く重なった音を立てた。音は音ではなく、落ちの合致だった。

――欠けを抱いたまま、彼らは読む。

――閾を跨いだまま、私たちは測る。


私は等勾配図を丸め、禁句器の上に置いた。箱はまだ鳴らない。鳴らない器は、次の誰かの骨を呼ぶ。呼ばれた骨は、たぶん別の名で、同じではない同じを作るだろう。

そしていつか、あの薄い板の“呼びかけ”が、ここへ届く。届いたとき、この図の“周”は、別の“還”に変わる。そういうふうに、斜面はできている。

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