六章 封印器 〈閾〉 — 閉じて開く結び

〈資料 6-1:封印器残骸(熱水噴出孔帯・周圏斜面)〉

図版注:腐朽した木枠の角材、麻縄の結び目、樹脂の薄皮、葦芯の束、貝油の黒斑。付近の砂に塩の帯状痕。

抄訳:

一、枠は“閉じて開く”ための器。

二、結びは解けるように結ばれていた。

三、塩は細い道だけを選んでいた。

保存注:採取者は勾配守(こうばいもり)第七徒。杭列沖第三潮窪の周縁斜面にて出土。

余白の走り書き:〈閾〉


――


斜面は喉である。

高い塩の水と、低い塩の水が混ざりたがるところで、世界はいつも少しだけ鳴る。私はその鳴りの縁に膝をつき、腐った角材に舌で塩の味を確かめ、指で樹脂の薄皮を剥いだ。樹脂は昔の光の匂いがする。麻縄の結びは、強く締めて、ほどけるように結ばれていた。忘れられるための結び。忘れたあとに、誰かが思い出せるように。


「段差はここから急に落ちている、イリ」


背で、相棒のスロが言う。私は頷き、手持ちの温差石を斜面の砂に押し当てた。熱はゆっくり移り、石の面に弱い霧が降りる。霧の縁は線になる。線は、勾配の骨だ。

腐朽した枠の下から、細い葦の束が出てきた。一本抜いて、口で吹く。湿った土の匂いと、遠い貝油の甘い匂いが混ざる。葦の芯は、滴りを揃えるためのものだったと、骨が言う。骨は、よく知っている。理由は、あとから追いつく。


「封印器(ふういんき)だな」


長(おさ)が言い、周りの徒が一斉に頷いた。

ここでは、閉じたものに敬意が払われる。閉じるとは、閾(いき)を作ることだからだ。閾があれば、こちらと向こうが生まれる。こちらと向こうが生まれれば、流れは速くなる。速くなれば、祈りも測量も捗る。


私は角材の内側に指を滑らせ、薄い塩の帯に触れた。帯は広がらず、細い道だけを選んでいる。選ぶように見えるものは、だいたい選ばれてきた跡だ。跡は、地図になる。


「持ち帰る」


長が言い、枠は束ねられた。縄の結び目を解くと、樹脂は粉になって散った。散るものは、残りたがっている。残りたがるものは、記録になる。


――


勾配守第七徒の造営場に、私は“投影格(とうえいかく)”を組んだ。

封印器の角材を洗い、乾いた部分に温差石をはめる。格の上に薄い黒板を吊し、下に滴り壺を置く。壺の口には葦の芯を詰める。三で息を取るやり方も、二と四で渡すやり方も、私は聞いたことがある。だが、ここでは閾の数は斜面で決める。斜面が三つに折れれば三。二つに折れれば二。

吊した黒板には、古い配線のような微細な溝があった。海の塩が作ったものか、人の指が作ったものか、定かではない。どちらでもよかった。大事なのは、そこに“差”を置けることだ。


「閾鈴(いきすず)をここに」


スロが貝殻の束を渡す。私は格の左右に吊るし、閾をまたぐ流れが変わると鳴るように、わずかに傾けた。

最初の滴りが落ち、黒板に細い道ができる。道は、熱いほうから冷たいほうへ細く伸び、途中で枝分かれする。枝の先で、かすかに鳴る。鳴りは音ではなく、差の触れ合いだ。私は粉のような白墨で、黒板の上の道をなぞった。線が幾本も重なり、地図の骨格になっていく。


「投影だ」


長が言い、徒が息を揃える。「投影、投影」。

投影とは、斜面の内側を外に写すこと。この格は内側の勾配を外の線にする。内側の差は、外の道になる。道は、巡る脚を呼ぶ。


夜、私は線の交わる場所に小さな点を打った。点は“閾石”の位置だ。点から点へ、温差が落ちずに渡れる道を選ぶ。道を繋いで、周回路が生まれる。周回路は、祈りにも測量にも都合がいい。


「明日、斜面を歩く」


長が言い、徒が頷いた。

祈りは歩くことで成り立つ。測量も、歩くことで確かめられる。私は黒板の端に小さく書いた。〈閾は跨げ。跨いだ回数を忘れるな〉。

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