本当のお宝

 広大な原野に不釣り合いなほどの巨大な建築物を捉えた。

「ほう。ありゃあ、じゃねえか?」

「塢……?」

 馬を駈けさせながら劉辟りゅうへきが感嘆の声を漏らすと、並走して駈けていた龔都きょうとが首を傾げた。

「ああ。農民どもが築いた防衛に特化したとりでってとこか。この辺じゃあ珍しいがな」

 許塢きょうが黄巾賊を退しりぞけてから三日後のことだった。

 この地方に蔓延はびこる黄巾の残党、その頭領である劉辟は、手勢を引き連れ再び許塢に侵攻しつつあった。その数は有に一万を超えていた。

「龔都、斥候せっこうを放って城門の数を確かめさせろ」

「了解」

 風を受ける劉辟の顔は、不気味な笑みを湛えていた。

 北東と南東の角楼かくろうに設置した鐘がけたたましく鳴っている。

 東の門楼もんろうに息を切らせて姿を現した許淵きょえんは、たちまち色を失った。前回の比ではない。東の水平線が全て黄色だった。

「一万は下らぬのう。門という門に一斉攻撃を仕掛けるに足る数じゃ。許淵、四門の守備を指揮する者は定めておるか?」

 北東の角楼かくろうで遠方を監視していた元緒げんしょが東の門楼に身を寄せると、深刻な表情をさらして許淵にただした。元緒の後ろからは、許林杏きょりんあんが緊張の面持ちで駈け寄っていた。

「ああ。四門死守の合図は、全角楼の鐘が同時に鳴ったときだ。指揮者の指示で各門を防衛することになっている。だがそのときは、関城せきしろを使わないことにもなっているが……」

 弓矢を手にしたむらの者が、続々と墻壁しょうへきの上に足を運んでいる。

「それで良い。奴らは関城の脅威を知っておる。関城に人が入れば、厄介な関城を先にとすであろう。もすれば、関城に入った者の命が危うい。塢にこもり、徹底抗戦が上策」

「この許塢きょうに牙を向けたこと、奴らに後悔させてやらあ」 

 許淵に不敵な笑みが浮かぶと、すぐさま塢内に四門死守の指示が飛んだ。

 寄せる黄巾賊は、ほとんどが歩兵だった。斥候と将のような者だけが騎乗している。

 放った斥候からの報告を聞いた劉辟は、何儀かぎ黄邵こうしょうかたわらに呼びつけた。何儀と黄邵は馬速を上げると、劉辟とくつわを並べるようにした。

「東西南北、好きな門を選べ。各々三千を率いて選んだ門を攻めろ」

 次第に近づく塢を睥睨した劉辟が言うと、何儀と黄邵は互いに顔を見合わせた。

「この前の借りがある。当然、俺は東だ」

 黄邵が鼻息を荒くすると、北叟笑ほくそえんだ何儀が続けた。

「黄邵が東ってんなら、俺は西にするか」

「龔都は北と南のどちらがいい?」

 劉辟は後方を一瞥して質すと、龔都が微笑を浮かべて応じた。

「僕は北にします」

「俺は南だな。最初に門を破った奴に取り分を多くしてやる」

 何儀と黄邵は目の色を変えると馬にむちを入れた。笑みを浮かべた龔都も、劉辟を追い越して駈けて行った。それぞれが三千ほどの兵を率いていた。

「中身なんかくれてやる。あれこそがお宝なんじゃねえか。あの塢が手に入りゃあ、わずらわしい官軍とも渡り合えるってもんよ」

 劉辟は、駈け去る同胞の背に冷めた視線を走らせながら独語した。

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