御免の余生

「また攻めてくるであろう……」

 眉をひそめた元緒げんしょに、車座となった許淵きょえんたちは一様にその顔を曇らせた。

 許淵の屋敷に主だった父老たちが集っている。張平ちょうへい薛宇せつうの姿も車座の中にあった。

 四方の城門はまだ閉ざしている。護城墻ごじょうしょう門扉もんぴより外に出た若人わこうどたちは、許定きょていを中心に黄巾賊の屍骸しがいを地に埋める作業をしていた。

 沈黙を破ったのは張平だった。

「次は、どれほどの軍勢で寄せるかわからぬ。戦が長引けば狩猟かりにも出られん。いつまでの糧食が持つかわからん」

「春になったばかりだ。備蓄していた糧食も心許ない。狩猟に出られないとなると、十日持つかどうかだろう。それでも冬小麦が豊作だったのは不幸中の幸いだ」

 張平に続けて、対面に座った薛宇が神妙な面持ちとなった。

 すると、集った父老たちが思いのたけを銘々に語り出した。

「大軍勢で押し寄せられれば、十日耐えられるかどうかもわからぬのう」

「怪我人も多く出た。降参も視野に入れるべきではないか? 命までは取られまい」

「降参となれば無血開城が理想じゃ。四方の門を開け放てば、降参の意となろう」

「……うるせえ」

 眉間みけんしわを深くし、瞑目めいもくした許淵がつぶやいた。集った父老たちは押し黙ると、許淵に注目した。許淵は、かっと刮目かつもくした。

「黄巾の残党なんざ、野盗の群れだ! 降参なんかして、女子供が無事な訳ねえ! 黄巾を追い返すために必死に戦った若え奴らにも顔向けできねえ!」

 許淵は、大きく息を吸い込むと、腕組みして胸を張った。

「また、同じことを繰り返すのか? 荒らされ、略奪され、壊され、暴威に抗うことなく黙って見てろってか⁉ みんなで必死こいて築いた塢だろうが! 俺は、ひとりでもこの塢を守ってやらあ!」

 許淵は、塢と命運を共にする覚悟を決めている。太々しい笑みを浮かべていた。

 それを見遣みやった張平と薛宇は、肩の力が抜けると柔和にゅうわな笑みとなった。

「許淵の言うとおりだ。降参はない。降参するくらいなら、戦って死んだ方がましだ」

「ああ。降参するために築いた塢ではないからな。暴威にあらがうための塢だ。食い物がなくなろうとも、俺も許淵と最後まで戦う」

 しばししの間を置いてから、言を放ったのは元緒げんしょだった。

わしも手を貸そう。この塢には、随分ずいぶんと世話になっておる。ここで逃げては、どこへ行っても逃げ続ける余生となろう。そんな余生は御免ごめんじゃ」

 それだけ言うと、元緒はあかざの杖を突いてひょこひょことどこかへ行ってしまった。

「……どうやら、平和呆へいわぼけしておったようだのう」

 父老のひとりが呟いた。

「そうじゃな。塢の平和を自ら捨て去るところじゃった」

 別の老父が目を細めた。

「さて、急いで矢をこしらえるとしよう」

 許淵は、弾かれたように立つと大音声だいおんじょうで言い放った。

「よし! 何があってもこの塢を、このむらを死守するぞ!」

「応‼」

 そういうことになった。

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