テイク-14【でもNever give it up】
無音。
萌は、ただ黙っていた。
口元どころか、手先の動きすら止めたまま、アライグマの面の奥で空気を凍らせていた。
その沈黙に、真花はむしろ勝ち誇ったように口角をきゅっと吊り上げた。
左手のカップをふわりと持ち上げて、軽やかに紅をひと口
「理解できてない人がここにいます」
黒髪のウルフカットイケメンが、手をひょいと挙げた。
「あー、ごめんごめん! いいってことだもんね?」
わざとらしく笑って、真花が首を傾ける。
その言葉は萌に向けられたものだったが――
「なにがどういいの?」
龍二は、真正面から萌を見つめた。
そのときだった。
彼の視界の隅で、かすかに――点滅する色があった。
萌の首元。
ハート型のチョーカー。その中央が、ゆっくりと黄色く光ったり、消えたりしていた。
「黄色い…… まさか、笑ってるか嬉しいってこと?」
指先で、ぴたりとそのチョーカーを指した。
「そうそう、萌は感情出すの苦手だから、ああやって色で表現してるのよ」
「な、なるほど」
理解は……していない。
だが深掘りすべきではない直感があり、龍二はそのまま受け流した。
と――
「嫌じゃ」
機械のような抑揚で、萌が喉から言葉を吐いた。
「なんでよー! 笑ってたから、いいって意味なんじゃないの!?」
「真花が奇妙なことを口にしたから、笑っただけじゃ」
「そんなこと言わずに助けてよー、萌さまー!」
「国家に喧嘩を売るってのはな……ドブ川に捨てられても、文句は言えんという話じゃよ」
「ドブ川に捨てられるのはあっち! あっ! そうだー」
「また何をけったいなことを思いついたのじゃ」
「萌が手伝ってくれるなら、マッドサイエンス正晴殺してあげてもいいよ〜♡」
艶やかな左指が、空中に軽く弧を描いた。
真花はその手で、まるで魔法を起動するような優雅さで、提案を投げた。
「あのマッドサイエンスを殺す……か」
「えっと……」
龍二だけが、話の流れに置いていかれたまま、口元を動かす。
「龍二にはいっぱい話さないといけないね♡」
真花が口にした『マッドサイエンス正晴』という男――
それは、防衛省魔導兵器課主任技官、桂正晴。
全魔導戦力の管理責任者であり、萌の実の父親。
そして、マジエトの魔法衣装を設計・製造した張本人だった。
「なんで……実の父親を殺そうとするんだ……?」
その言葉に、萌の表情は見えなかった。
ただ、面の奥から染み出すような声がこぼれる。
「妾達魔法少女は、国家によって作られた兵器なのじゃ。表向きは選ばれし戦士などとほざいてはおるが、実際は遺伝子を組み換えられ、耐性に耐えられた――ただの化け物にすぎん。あやつは殺さんとダメな存在なのじゃ」
「魔法少女になる動機は人それぞれなんだけど、萌だけは、科学者――それも設立者の娘ってだけで、無理矢理魔法少女にされちゃった女なのよ」
時計の針が、まるで音量を上げたように、空間に響く。
「だから突然卒業してしまったのか……」
「今まで卒業や脱退したメンバーは、戦死したか、狂って使い物にならなくなったかの、どっちかなのじゃ」
国民の安心と笑顔の象徴――その裏に、こんな黒く濁った沼があったと知った瞬間。
龍二は視線を落とし、口を閉ざした。
「だーかーら! このあたしがイケメンを集めて、こんな腐った世の中をぶっ潰してやろうってこと! わかったなら、萌もあたしに手を貸しなさい」
湧き上がるような声量。
真花はそう叫ぶと、残った紅茶を一気に飲み干した。
「自分のやりたいことのためには、敵の娘も利用するか」
実験に失敗されてから、下半身は動かなくなった。
それ以来ずっと、隠されるようにここに閉じ込められていた。
ロボットを作り、日常を快適にするだけの生活。
未来などなかった。感情も、願いも、希望も、すでに焼き払われたと思っていた。
魔法少女に人生を奪われた。
ならば――この女、桜庭真花に賭けてみてもいい。
建前などいらない。正義など知らぬ。
ただ、あの男――桂正晴が、確実に死ぬのなら。
チョーカーがまた、黄色く点滅した。
「協力してやろう。妾が作る、最高の魔法衣装で――あの男を、絶対に殺してほしい」
「任せて! 正晴オジの頭、持って帰ってきてあげる!」
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