テイク-15【タンパク質はとっても大事】



  

 「真花よ、まずは右手を直そうかの」


 

 「お願〜い!」


 

 「切断した右手は何処いずこに?」


 

 「捨ててきた」


 

 「なぬ!?」


 

 チョーカーの中央で、ハートが紫に弾けるように光った。


 龍二の視線がそこへ吸い寄せられた。たぶん驚いた時はあの色。


 

 「お前はバカなのか? 脳みそおがくずなのか?」


 

 「だってぇ〜。手の甲にチップ埋め込まれてたんだもーん、捨てないとまた追っかけてくるじゃーん」


 

 「全く……破天荒なおなごじゃわ。――おい、龍二よ」


 

 「は、はい!」


 反射で背筋が伸びる。視線に背中を撫でられたような感覚が走る。


 

 「ちょいと手伝え」


 

 押しつけられたのは、平たい円形のプラスチック容器。


 

 「これ……どうしろと?」


 

 「トイレでもどこでもよい。お前の遺伝子を持ってこい」


 

 「そ、それって!?」


 

 容器を見る目が泳ぐ。顔に一気に血が昇り、咄嗟に口元を袖で隠していた。


 

 「遺伝子? 萌、龍二いまからなにするの?」


 

 「わからんのか、耳をかせい」


 

 ゴニョゴニョ……


 

 「なるほど〜♡」


 

 「お、俺じゃなくても別にいいだろ!?」


 

 「この屋敷にはお前しかオスはおらん。諦めろ」


 

 「難しそうならあたし手伝うよ〜?」


 

 チェック柄のミニスカートを、左手でつまみ上げるように揺らす。


 腰の角度。脚の角度。太もものラインが、視界の隅で揺れていた。


 

 マジエトに興味を持ったきっかけは、彼女のビジュアルだった。


 理想のヒロイン、と何度も書かれてきた顔。


 媚びない輪郭とEカップ、絞りすぎないくびれ。上向きのヒップに長く整った指。


 あれもこれも……語り出したらキリがなかった。


 本物かどうか、なんてもうどうでもよかった。目の前にいる、それだけで全部崩れる。


 

 「真花は妾と先に地下に降りるのじゃ。お前の血液を取りに向かうぞ」


 

 「注射ってこと!? 注射は嫌いすぎるから他のにしてー!」


 

 「そうか、ならこの話しはなしじゃな」


 

 車椅子の肘かけにあるレバーを軽く倒す。


 車輪が音もなく動き出した。


 

 「待ってよー! 萌ーー」


 

 慌てて数歩駆け出すと、真花が振り返る。


 

 「あたしで想像したらすぐでしょ♡ 下で待ってるね♡」


 

 目尻を細める仕草。そのまま萌の隣へと並び歩いていった。


 

 残された透明な容器だけが、手の中に残る。


 

 「こんなところで放置されてどうしろと……」


 

 ぽつり呟いた瞬間、背後から声がかかった。


 

 「龍二様、ご準備できましたのでこちらの部屋にどうぞにゅ」


 

 振り返ると、エシャが微笑んでいた。


 その背後からピンクの髪を左右で丸く結んだ、ツインお団子けれど全部はまとめきらず、毛先がふわりと垂れて揺れていた。

小さな女の子が顔をのぞかせた。


 顔立ちにもどこか既視感がある。双子のアンドロイドだろう。


 

 「ちゃんと、受けてするにょ!! 汚したら許さないからにょ!」


 

 「アイシャちゃん……言い方きついにゅ」


 

 「だってだってにょ!」


 

 「わかったよ…… 、とりあえず部屋に案内してもらえる?」


 

 視線を外しながら尋ねると、エシャは静かに頭を下げた。


 アイシャはむくれた顔のまま腕を組み、けれど文句は言わずついてくる。


 二人に挟まれながら、龍二はその場をあとにした。

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