テイク-13【夢見てBreaking up】



 無機質な自動扉が、背後で静かに閉まった。

 どこかの病室を思わせる音――けれど、そこに広がっていたのは、まるで別の世界だった。


 空間が、時間ごと組み換えられたみたいに感じる。

 高い天井。ぴかぴかに磨かれたダークトーンのダイニングテーブルが、それだけでこう主張していた。

 ――わたくし、由緒ある家柄の者でございますのよ。

 背後に並ぶアンティークチェアたちも、それに従うように気取っていた。

 スズランの透かし彫りが、ちょっと得意げに胸を張っているようにも見える。


「なんじゃい、もうずいぶんな仲の御仁が出来たのかえ?」


 澄んだ声が弾んだ。高くも低くもなく、柔らかくも冷たくもない。

 むしろそこにあったのは“観察者の余裕”だった。


 「萌〜♡ 一年ぶり〜? またへんなマスクつけてるのね」


 真花が両手をひろげて駆け寄っていく。ピンクのミニスカートが翻り、足音は場違いなほど陽気だった。


 (……あれが、桂萌ちゃん?)


 龍二の足が、無意識に止まる。眉がわずかに吊り上がった。

 最後に見た彼女とは、雰囲気がまるで違っていた。


 ロングの金髪も、姫カットも、昔と変わっていない。

 ブラウンチェックのロングワンピースに、白レースの袖と襟元。服装としては穏やかすぎるほど普通だった。

 ――けれど。


 「萌ちゃん、いつの間に車椅子に……それと、そのマスク、なに?」


 ベタベタと腕を絡ませる真花を、手のひらで押し返す。

 動きに力はないが、拒絶だけははっきりしていた。


 「実験に失敗されたのじゃ。それで妾が車椅子になった、という……まぁ、よくある筋書きなのじゃ」


 アライグマのお面が、ひょいとこちらを向いた。目だけがかすかに動く。

 首には、やけに目立つハート型のチョーカー。座っているのは、鈍く輝く車椅子だった。


 「筋書き……」


 情報過多がすぎるが口には出さず、龍二は黙ってアンティークチェアへ腰を下ろす。

 背もたれが思いのほか硬く、座面の高さが微妙に合わない。それがまた、現実味を剥ぎ取っていた。


 足音がする。


 さっきの大柄なクラシカルメイドが、トレイを両手に現れた。

 ティーポット、ティーカップ、そしてひし形のクッキー。完璧な所作で、テーブルに一つひとつを並べていく。


 「……ありがとよう、エシャ。もう下がってよいのじゃ。あとは……妾が淹れよう」


 「にゅ」


 エシャは軽くお辞儀をして、奥へと歩いて消えていった。


 「それで?……何をしに、妾のところへ?」


 カチャ、カチャ――

 カップと受け皿が磁器の音を立てる。


 ティーポットから、深い紅茶色の液体が注がれる。

光を透かして、カップの底にじんわりと赤が差した。


 「萌に、あたし達の魔法衣装を作ってほしいの!」


 真花が頬杖をつきながら、クッキーを一口かじる。

 軽く乾いた音。小さく肩を揺らして笑った。

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