蝋燭を継ぐ

「慎作さん、痛くない?」

「いたくない」

「……信じるよ」

「うん」


あんなにやさしくしないで欲しかったのに、今はやさしくされるとうれしい。

なんだろうなあ、やっぱ惚れたって分かっちゃったのが良くなかったのかなあ。俺の目ん玉がすぐによそを向こうとするのを、今夜の慧介は許さない。ここに居ろ、と強く縫い留められている。いつもぼんやり天井辺りに飛ばしてる俺が、今ここにいる。しっかり肉体と同じ場所にあり、慧介を感じている。


慧介はなんとわざわざローションを買っていた。しかも洒落たやつとか定番のアレじゃなくて、パッケージにデカデカとアナル用って書いてあるやつ。ウケる。お前数日前までノンケだったくせにどんな顔してそれ買ったの、と思ったけど、慧介の全身が俺の為だと言っていて、揶揄うこともできなかった。


今はそれをどっぱどっぱ使ってありえないくらい丁寧に慣らされてる。そもそも慧介は初夜から前戯が丁寧だったのに、その三倍くらい時間かけてる。かわいいお指がふやけちまうよ。チラチラ慧介のモノの様子を伺っているが、しっかり上を向いたまま本人と同じように律儀に待っている。


「あの、けーすけ、もういいから……」

「……ほんとに?もう大丈夫?」

「もう疲れたろ。それに、ずっと待たせちゃってるし」

「それは俺を心配して言ってるでしょ。ちゃんと慎作さんの身体に聞いて」

「身体に聞くだぁ〜?」

「慎作さんの身体に慎作さんがちゃんと聞いて。俺がそうして欲しいから」


慧介がそうして欲しいなら、やるか。

大袈裟に腕を組んで俯いてやる。ちゃんと頭でも考えてあげる……うん、あんま分かんないな。別に前戯どれくらいして欲しいとか無いし、女には丁寧にしてやればしてやるほど良いのは分かってるし知ってるけど、俺は女じゃないし。慧介は俺が痛いのが嫌なんだっけ?痛いかどうかは挿れてみないとわかんないな。今まで痛かったか?も実はあんまり覚えてないし。


「……あんま分かんないからとりあえず挿れてみろ。話はそれからって感じ」

「うーん」


慧介はお手上げとばかりに俯いてため息をついた。えー、ちゃんと考えたよ。聞いてみた。でも俺の身体って基本死んでるから、あんま喋んないし分かんないんだよ。味覚が壊れてるのと一緒。怒られるのかと思って目線をあっちこっちに動かしていると、急にこっちを見ろ、とばかりにまたキスされた。


「……じゃあ、挿れますけど」

「うん、おいで」

「あのね、慎作さん。今日はさ、慎作さんの身体とちゃんとお話したくてしてるから」

「そうだったんだ」

「ちゃんと全部おしえて」

「わかった、分かったよ」


とんだネクロフィリアだこと。

ああでも、慧介はちゃんと俺のために悪者になる覚悟でいるし、変態変人になる覚悟もあんだよな。俺がずっと慧介の遊び相手という毒にも薬にもならん、教訓になったらやや嬉しい、みたいな役を降りられなかったのと違って。


今夜だけ、今夜だけは、慧介の好きにさせてあげよう。俺の脚本は没収。慧介の振り付けで踊ろう。俺はそう思ったんだ、さっき。


慧介の指が俺の内腿にくい込んでる。ゴムを纏った慧介のが入口に押し当てられてる。慧介がふー、と息を吐いて、ぐっ、と腰を前に出す。焦れったくなるほどゆっくり俺の中に沈んでいく慧介のソレは、挿れたらすぐ暴発すんじゃねぇのかってくらいに勃起している。


「……ぅあ」

「っ、苦しい?大丈夫?」

「ううん……平気……」

「平気かどうか、じゃなくて、慎作さんが今どんな感じか、聞きたい」

「ん……や、うれしーよ。続けて」

「嬉しいの」

「うん、うれしい」


嘘は言ってない。俺の知ってるこれまでのセックスと違って、なんだか無性にうれしい。どうして?わかんないや。

慧介のが挿入ってきて、あたたかくて、ぐーっと腹の中が押し広げられて、どんどん慧介の形になっていく。布団の上を逃げ惑いバスタオルを掴んでいた右手が、慧介に絡め取られて繋がる。心臓がどくどくしている。全身、熱い。なんだこれ。慧介のが俺の気持ちいいところしっかり潰しながら奥まで沈んでいく。気持ちいい。なんか知らない。知ってるのと違う。全身の感覚がいつもの何倍も強く感じられる。なんだこれ、なんだこれ。


ああ、これがセックスか。

俺のこれまでのセックスは、ずっと俺のどこかが死んでたんだ。


「ん……っく、う、ふ、ふう、ふは、ははは……」

「……何、笑ってんの。大丈夫?痛くない?」

「うん、どこも痛くないよ。痛くないのに、きもちいいから、わけわかんなくて……おもしろいんだもん」

「……そっ、か、よかった。慎作さん……あの、」

「いーよ、動いて。限界だろ?チンポの硬さで分かるよ、おいで」

「…………慎作さんッ……」


俺が手招くような仕草をすると、慧介に思い切り深く口付けされた。挿入角度が変わり、奥の気持ちいいところを抉る。奥抉られながらぬるぬる舌を絡ませていると、頭ばかになりそうなくらい気持ちいい。


「ッは、あ、あッ、くぅっ……け、けーすけ」

「なっ、なに?やめる?」

「やめ、ないけど。喘ぎ声。声、どんなのがいい」

「どんなのがいいって、そんな……」

「慧介のっ……好きなように、やるから」

「…………じゃあ、なんも演技しないでよ。喘がなくてもいいから、慎作さんがほんとは、どういう声なのか、教えて……よッ!」


わーお素っ頓狂なこと言うね。萎えても知らないぞ。上手にできるかな。でも、慧介の言う通りやろう。今夜の座長は慧介。俺はこの夜を“上手く進行する責任”を今夜だけ手放すんだ、もう持たない。俺の声で萎えても、上手くいかなくても、ぜーんぶもうこいつの責任。

そう思ったら随分楽になって、身体のこわばりみたいなものがすっと取れた。慧介の力強いピストン運動に身体を委ねたら、なんだかちゃんと気持ちいいからびっくりした。


「っく、う、う゛う、うぁ、あ、あァッ……」

「慎作さん……気持ちいい、?俺は、気持ちいい、ですッ……!」

「ふ、ふふふ、うん、きもちーよ。けーすけ……」


ねだったらちゃんと察してくれてキスをしてくれる。キスハメ気持ちいー。なんかすごく久しぶりに、ちゃんと気持ちいい。痛いことも苦しいこともされてないのに、ちゃんとセックスが気持ちいい。


いつから俺のセックスは俺を殺してやるものになっちゃってたんだろう。最初から?いや違う。確かにママとのそれはよく分かんないまま我慢するものだったけど、大人になってからの何回かは、あの女とか、あいつとかとした時も、ちゃんと気持ちいい時あった気がする。なんで、なんでだろ。


慧介のことが好きだからかな。


「っ、あ、けーすけ……♡けーすけ、んんっ、うーっ、ふ、あ、うゔ」

「慎作さんの気持ちいいところって、ここ?奥の方?」

「んー、うう、っと……んっ!そこ、そことぉ、奥のほう……」

「わかった」

「ッ!ゔぁ、ああ゛ッ……♡んッ、ううっ……」

「慎作さん、大丈夫。声、かわいーよ」

「あ、そ……そう。ッう、はは、いい趣味してんねぇ」

「うん、慎作さんのこと、好きだから」


ぎゅっ、きゅうッと心臓が掴まれたみたいに痛くなって、腹の中もぎゅっと締め付けてしまう。えー、マジか。好きな男に好きって言われて喜んじゃってる、俺の身体。そんなに単純だったの。


「ッ……慎作さんごめん、も、はやいかも、だけど、俺っ……」

「んーん、じゅーぶん……我慢したよ。いいよ、おいで、俺の……一番奥で出して」


慧介の表情がビクッと揺れて、ぎゅっと男の顔になる。どきどきする。俺ってまだときめきとかあったんだ。ピストン運動が激しくなる。しっかりローション使ってくれてるから、すごい音がする。痛くない、気持ちいい。奥の方ずんずん突かれて、どんどん腹の中温かくきゅんきゅんしてくる。


俺はいつもイッたその瞬間しか意識が身体に戻ってきてなかった。でも今はずっとここにある。だから徐々に高められて、イクまでのそれを久しぶりに感じている。どうにかなっちゃいそうな感覚。トぶ寸前。慧介のそれが一際大きく硬くなって、ぐっと奥に押し付けられて───


「ッゔ、うゔ〜〜ッ!」


慧介は射精するとき声出ちゃうもんな。かわいい。

あー、一緒にはイケなかったけど、腹の奥でどくどくびゅるびゅる出てるのを感じる。無性にうれしい、好きだーって気持ちに脳内が満たされていく。びく、と下腹部が痙攣する。あれ。


「……慎作、さん……」


ゴムしてるのにザーメン擦り込むみたいに腰ぐりぐりやられて、なんか、俺。


「っあ、あ、え?ぅぐ、ッ、あ、あァッ…………♡♡♡」


慧介に遅れて、俺もイッてしまった。

あれ?イクのってこんな気持ちよかった?鋭い絶頂というより、とめどない多幸感がエグい。なんだこれなんだこれ。無性に幸せ。どうしよ。止まらない。ザーメン垂れ流しちゃうかも。どーしよう。ああ、でもいいんだった。今日はどうなっても知らない。布団汚れてもぜんぶ慧介のせいだ。


「……慎作さん」


はーっ♡はーっ♡はーっ♡と久々のガチイキで呼吸の度に震える身体を、慧介はしっかりと抱き締めてくれる。あったかぁ、なんだこれ、やば。どーしよ。こんなん癖になったらどーしてくれんの。ばか。慧介のばか。


「ッう、うゔ…………」

「抜くよ、大丈夫?」

「ん、大丈夫……おちついた……ゆっくり抜いて……」


慧介が俺の言う通り、ゆっくりと俺から離れていく。なんだかそれが無性に寂しくなって、思考がメスになってる、うわーって変な気持ちになった。慧介がゴムの始末をしてる間、ぼんやり天井を眺める。染みだらけの天井。数える暇もなかったな。


「けーすけ」

「なんですか」

「俺の身体とお話、できた?」

「できましたよ、はじめて」

「そっか。どうだった」

「あんたの事が好きだなって、やっぱり、思った」

「……ふふ、そっか。ほらこっちおいで」


のそのそと気だるげに寄ってくる慧介を布団の上に引きずり込んで、強く抱きしめる。


「慧介、俺もお前のことが好きだよ」

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