第二夜 前編

「その時、“それ”は言ったのです。『忘れてください』…………と。」

「…………忘れるって、悲しく難しいことですね。そんなお話でした……ぴょんさんギフトありがとうございます!リンさんギフトありがとうございます!わ、追いかけきれねぇ。ハハハ。みんなありがとうね。俺様また一から化粧道具も機材も揃えなきゃいけないから、みんなの金で立て直すよ。いやー参った参った。もう懲り懲りですわ。うん、もー誰とも付き合う気ない。またまたぁ……ってそれ言わないでくれよ!今?今ねぇ、俺様よく分かんないガキの家にいんの。拾ってもらっちゃって。でもいつ追い出されるかわからん。若い子の気まぐれって怖いねぇ。今度それで一本怪談作ろうかな。とにかくサクちゃんはもう今宙ぶらりん。なう。という訳です。はーあ。あの子さあ、なんていうか……真面目な学生さん、なんだよな。だからねぇ、あんま俺様が邪魔してやっちゃ悪いだろ?早いとこ目が覚めてくれるといいんだけどなァ……」



慎作さんは俺の帰宅に気付かないようだった。

今朝項垂れていたのと全く同じ姿勢で、ちゃぶ台の前に正座しスマホに向かってひたすらに語っていた。怪談を語る時の気迫も、「怪談師サク」として話している時のリラックスしたようでどこか演出じみた喋り方も。なにもかもが、この為に生きているのだと言っていた。

ああそうだ、きっと僕に見せてくれたどの顔もどのテンションも、全てがあり合わせのその場凌ぎの即興芝居。


じゃあ、本当の慎作さんは、どこに行った?


静かに、配信の音に気を使いながら慎作さんの前に座る。どこを見ているか分からないサングラス越しの視線を我慢強く捉えようと頑張る。あ、掴んだ。がく、と慎作さんが大袈裟に怯えるように硬直する。はあ、はあ、はあ、と息が激しくなる。途端にコメント欄に並ぶ大丈夫?の言葉。慎作さんは息を大きく吸って、吐いた。


「あー大丈夫。ごめんな、心配かけちゃって。なんでもない!今日はこの辺で配信終わり!うんうん、また絶対明日も配信やるからさ。連続記録どんどん伸ばしてくよ。じゃあ、今夜も夜道にはお気をつけて。サクでした……また、お会いしましょう」


配信停止ボタンを押した慎作さんの指は、震えていた。


「うるさかった……?」

「ううん、感心、した。慎作さんの仕事ってこれか、すごいな、と思って」

「…………そォなんだよ!俺様って配信プラットフォームこそガチャガチャ変えてるけど、もうすぐ10年これで食ってんの。だからねぇ、けーすけくん。お金、ちゃんと稼ぐから、そしたら電気代とか……なんか……飯代とか……返して、返したらすぐ出てくから。けーすけくん、俺、アタシ、えっと」

「……いいっすよ、そんなん気にしなくて」

「……なんで、だよ、なんで?だってさ、アタシとのセックス、気に食わなかったでしょ」

「………………忘れてって言ったじゃないですか。あれは……俺の独りよがりだった。だから……慎作さんに、演技させて、しまった。俺は……」


言葉に詰まってしまう。慎作さんの、寂しげで、諦めたような瞳。


「演技させて、ってなぁに」

「……あれは、俺の為にやってくれたんでしょう。昨日の夜……あんた、女に、化けた」

「…………セックスしただけだよ。俺にとってはいつも通りのセックス。相手の……けーすけくんの、本当に抱きたいヤツの演技をしてあげただけ」

「……慎作さん、俺」


ちゃぶ台の上に身を乗り出して、彼の美しい死人のような顔に迫る。


「ほんとうの慎作さんが知りたい。ほんとうの慎作さんとセックスがしたい」


え。震える薄い唇から、小さいその音だけが漏れる。


「なにそれ……なんだ、それ。あはは。ほんとうの慎作さん、ってなんだよ。あはは。ったくガキはしょーもないこと考えるねぇ。ふふふ。あのねぇけーすけくん、ひとつ教えてあげる」


慎作さんは更に顔を近づける。あ、このままじゃ、あ。

唇が重なる。カサついた唇はきっと朝から何も口にしていない。つめたそうで、でも生暖かい。


「ほんとうの慎作さん、なんてものはね、もうどこにもいないの」

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