アディショナルタイム


……え?俺、試されてる?


呆然としたまま、慧介がバイトの支度をして、家を出ていくのを見届けてしまった。

なんのバイトしてんの、いつ帰ってくんの、ていうか、俺その間ずっとここにいていいの?いつまでいていいの?なんで?全部聞けなかった。


うそうそうそ。俺、追い出される気満々だったのに!今朝から追い出されるつもりでぜんぶやってて、俺、そのつもりで、どうして?


なんでここにいていいの?


わからない。あ、エアコンつけっぱなし。消しとこうかな。え?でも慧介の気遣いかも?あ、そっか、慧介、しばらくここにいなよって、いつまで?いつまで?いつまで?


セックスはしたよ?した。慧介二回イッてたよ。俺も三回くらいイッた。忘れてって言われた。どういうこと?嫌だったのかな。慧介ノンケだから?でもやれるよ、俺。女みたいにできるよ。ちゃんとできるから。ちんこついてんのがダメだったのかなー。いっそ手術とか、いやそれは困るなー。ちんこちょん切るのは不可逆だからね。取り返しがつかないから。女の子抱けなくなったら困るのは未来の俺だからね。


あー、えーっと、忘れてって言われた。なにがダメだったの?なにが嫌だったの?いつ帰ってくるんだろ。慧介。二ノ倉慧介くん。あーやだな、やだやだ、もーやだ。もーやなのに。どーしよ、どーしよう。


どーしたらいいの?ここでなにしてたら怒られない?あ、やば、ゲロでそう。ダメダメダメ畳畳畳!和室和室和室!!

……よし、踏みとどまった。踏みとどまったぞ。サクちゃんはホントお利口な子だからね。


バイト。慧介くん、バイト。お金か。お金困ってるのか。そりゃこんなボロ屋の事故物件住むくらいだしね。んーでもどっちかっていうとお坊ちゃんぽかったんだよな。訳アリか。おれと同じで。慧介くんのこと分からなきゃ。慧介くんのこと俺様もっと───あ、仕事。そうだ。俺もお金稼がないと。お金が無いとどこにも行けない。メイク道具撮影機材全部レンの家じゃん。ちくしょー。なんでおれあんなヘマやらかして……


教科書。

はた、と思考が止まる。和室に置かれた簡素な机には、大量の本が置かれていた。


臨床ME、臨床工学技士。国家試験。集中治療。透析療法。医療安全。医学基礎。難しい漢字の羅列。俺から遠い世界の言葉の羅列が並ぶ分厚い背表紙たち。

お医者さん、とは、違うか。でも、病院の人だ。病院の人になる勉強してんだ、二ノ倉慧介くん。まじめくんなんてからかったけど、本当にそうだ。端っこがくしゃくしゃだけどちゃんと読めるようになってるプリントの束、ちゃんと使ってる形跡のある文房具。


慧介くん、違う世界のひとだ。


あ、そうか。慧介くんは、違う世界の人だから、おれなんかのセックスじゃダメなんだ。お金、でも、ダメかも。じゃあどうすればいい?どうすればいい?慧介くん、おしえてよ。きっと頭がいいんだ。こわれたあたしのあたまをなおして。ああ、どうすればいい?慧介くん、ごめんね。俺でごめん。どうしたらいいのかな。サクちゃんは馬鹿だから、なにもわからなくて、それで…………あたくし、どうすりゃいいんでしょう。困った、困った。六畳一間立ち尽くすのみです。唯一の持ち物である財布とスマホに手をかけました。財布には5000円と少しありました。スマホには通知が居座っております。


『サクさん、連続配信記録が途切れてしまいます!』


ああ、昨日レンの家を追い出される前に配信してから二十四時間が過ぎようとしていました。

あたくしは、配信をラジオ仕様にして始めました。


あたくしは、俺様は、怪談師サク。

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