第52話 ファーストキス




終業式が終わったあと わたしとフミアキはいつもの公園に来た お互いここに来るまでとくに言葉を交わすでもなかった


なんだかフミアキは終業式の余韻に浸ってるようにも見えた 一緒に歩きながらもその余韻を奪いたくなかったわたしはできるだけ黙ってた

 

「こんな終業式は初めてだったわ 自分が人前であんなに泣くなんて想像もしてなかった」 公園について懐かしむように辺りを見回してたフミアキ まるでこの町を目に焼き付けておこうとしてるかのようだった


 「いーじゃん素直になれたってことだよ わたしまでもらい泣きしちゃった こっちのがこの先ハズカシイんだぞ?」 少しでも雰囲気を和らげようとおどけてみせる そんなわたしを見つめるフミアキ


 「ありがとなネオン すげぇ世話になってる おまえと出会えてなかったら現在いまのおれはない…正確には現在いまのこの感情ってことだけどな」


そう言ってベンチに腰掛けるフミアキ

遠くを見つめるフミアキの想いがわかるようでなんか切ない


 「わたしの方こそありがとだよ フミアキと出会えてなかったら現在いまのわたしもないだろな そりゃいつかはわたしも今みたいになってたんだろうけど それでもそれが現在いまでよかった」


「クラスのみんなも同じように思ってる 花凜ちゃんが言ってた『思い出のプレゼント』って。みんながそう思ってるてすごくね?」


ハズかしさとか クサいとかどっかとんでた

全部自然に 気持ちがストレートに出てた


   「文章フミアキでよかった…」 


ホントにそうだった そう思えてる現在いまの自分が誇らしかったから


     ーギリギリ青春間に合ったー


わたしは笑顔でそう言った

青春なんてなんなのかわかってないけど

でもそれが現在いまだとしたら納得できる!実感できる!

わたしのこの瞬間こそが青春なんだって言い切れる!

それは全力で真剣に思い切りやれた証だ!


 「それはお互いさまだ!!」

そう言ってフミアキも笑う 通じあえてるって思えた


 わたしは公園の手すりに手をつき眼下の町を見る

「わたしはね 恋なんてどうでもよかった そういうのに憧れもなかったし 持てなかった わたしのこと誰も知らないところでならもしかして、なんて思ってたくらい」


話しながらわたしの目になにかがたまってくのがわかる


「それで過去を恨む気持ちもなかったし それが自分を偽ってるなんて思いたくもなかった わたしの身勝手さも、それが強さなんだって思ってた」


目にたまったソレは表面張力を越えて頬を伝ってるのがわかる


「高校生になって みんな成長して、わたしだけが成長できてなかった。強さが弱さに変わってた 臆病になってた」


「そこにもっと弱いおれが現れたって訳か」


いつの間にかフミアキが隣に来てた

わたしに背を向け手すりにもたれながら話す


「そんなこと言っとらんし」


フミアキのつまんない冗談につきあう気はないわたしは冷たく言い放った


 「強さも弱さも紙一重だよな どっちも自分を、自分だけを守ろうとする行為だったわけだ」


噛みしめるように言ったフミアキの言葉はわたしにもフミアキにも響いてたはずだ

そんだけわたしたちは似てたってことだ


「それが今こうしてる 二人でいるんだもん わかんないもんだよね」


今こうしてフミアキといるんだってことを噛み締めてた


「そりゃそうだ 人生とか運命なんて先がわかんないからおもしろいんだろ?」


急にテンション変えた口調で話すフミアキ


「おもしろくない場合もあるだろ? おもしろいって思えてるなら幸せじゃんね」


ーアハハハハー 


ずっと二人で笑ってたかった

それは叶わないってわかってたから…


「ねぇ フミアキちょっと上見てくれん?」


わたしは隣に立ってるフミアキに声をかける


「なんだよ 急に」


わたしの言ってる意味がわからずキョトンとしてる


「いいから!」


イタズラぽく笑いながらフミアキを促す


「こうか?」


そう言って上を向いたフミアキの唇にわたしは唇を重ねた

ファーストキスは〇〇の味とか言うけどわたしにはわかんなかった 別に味わおうともしてなかったし

でも唇の感触はちょっと硬かったかな…


「え!? ちょおまえ」


「忘れんかなって思って これがわたしの初恋だとしたらファーストキスまでしてたらずっと忘れんのかなって思って」


「なんだよ それ」


「フミアキが転校するって聞いて、引っ越すって聞いて

なんだわたしの恋ってこんなんで終わるんじゃんって思った 二人が望んだ展開なんかじゃないよね

だけどわたしたちは翻弄される 大人だ子どもだっていろいろ使い分けられて それでもやっぱり自分のこと自分で決めれないことあって」


「ネオン…」


「じゃさ せめて自分の初恋だけは自分でどうにかしようって思ったんよ フミアキだってそうじゃん

別に今まで転校や引っ越しなんてなんとも思ってなかったって言ってた だけど…」


「うん、だけど今はちがう」


「その気持ちだけでわたしはじゅうぶんだ」


強がるわたし キスまでわたしからしたんだもんこんくらい強くたっておかしくないし!


「不思議だな お互い恋なんて無縁だと思ってたハズなのにな 神様のイタズラってやつか」


そう言ったかと思うとフミアキは自分の唇に優しく触れながらこう言った…


【初恋が唯一の恋愛だ、といわれるのは至言である。というのは、第二の恋愛では、また第二の恋愛によって、恋愛の最高の意味が失われるからである。】


「ゲーテだっけ 素敵な言葉だなって思ったけどわたしには今いち意味わかってなかったんよね」


「初恋は初めての恋だから全部自分の理想なんだ

だって初めてのことだから他のなにかと比べることなんてできない

だけど2度目の恋は初恋の経験の上になりたつ

しかも2度目の恋は恋が終わった後でないと成り立たない すなわち失恋も知ってる状態なんだ 恋の素晴らしさだけじゃなく辛さも知った恋になってる

初恋の純真さはそこにはなく 永遠の愛を信じることもないって感じかな…あくまでもおれの解釈なんだけどな」


「ほんと悔しい 笑えるくらい フミアキのそういうとこ

もう聞けない見れないかと思うとなんて言ったらいいんだろ わたしの損失?」


うまく言える気なんてしなかった 頭がまわんない

わたしのファーストキスなんてもうどっか行っちゃったみたい 初恋と別離わかれを同時に味わってるなんてどこまでわたしは不幸なんだ


頬に冬の風が冷たかった

もう泣きたくないのに涙腺が緩くなってんのかな…

また涙出て来てんのかなと頬を触る

指先に感じる冷たい感触、それは涙じゃなく雪だった


「え? 雪?」


チラチラと風に紛れて雪が降ってきてた


「雪…だな」


フミアキも空を見上げてる


「ねぇ、知ってた? 今日イヴなんだよ」


雪を見て思い出した 今日がイヴだってこと

花凜ちゃんに言われなきゃほんとに忘れてた


「知ってたけど忘れてた そんなもんよりすげぇ一日だっからな…最後の最後まで」


あんま言うなよ恥ずかしくなんだろ…


わたしは「だよね…」 って言うにとどめた


わたしたちは雪を見ながら話した

イヴって特別な日もなんも関係なかった

だって今日はそれ以上に二人にとっては特別な日だっから…



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