第38話 絶句
喫茶店を出る頃にはおやつの時間を回ってた
空は青からオレンジ色に移ろうとしてた
日曜日が終わるんだと実感させられる
厳密には一日が終わろうとするって意味なんだけどね
わたしの前を歩く本条 わたしを公園に誘ったくせになんかさっきまでの元気がないように見える
疲れてんのかな?なんて考えたりしてた
ま、確かに朝からずっと遊んでるからね
だったらなんで公園…?
でもせっかく誘ったんだからもっと楽しそうにしてほしいもんだ! スキップまでしろとは言わないから
「本条ー!疲れたー?」
「なんか疲れることしたか?」
なんだその返事? たまにつまんない
「足取り重そうじゃーん!」
「………。」
なんだよ そんな顔して
わたしのかけた声に反応した顔は思い詰めて見えた
そこからなんか声かけづらくなって二人とも無言のまま公園に着いた
「ちょっと前のことなのに なんか懐かしいな ここで神楽と口論なったこと」
人気のない公園を見回しながら本条はしみじみしてた
「ほんとにねー 口論って言うかなんていうか でもあれがなきゃ今もないでしょ そんなこと言い出したら全部だけど」
同じ景色 同じ場所 同じ二人 こんだけの条件が揃ってるんだもん当時のことなんでも思い出せる
「座ろうぜ 神楽」
そう言って本条はベンチに腰掛けた
なに? あの時のこと再現すんの?
わたしも本条との間を少しあけて隣に座る
本条はベンチから見える景色を見ながら時おりため息をつき なにかを待ってるように見えた
わたしはそんな本条を見て話しかけるタイミングを掴めないまま時が流れた
少し冷たい風が吹いた
陽が沈もうとすると気温は一気に下がる そういう季節だった
「神楽…」
本条が口を開く
次の言葉をひっぱり出そうと苦労してる
「ここでおれたちお互いのこと知ったよな」
「うん ここだったね」
「おまえはおせっかいで自分勝手でおれに言いたい放題言って一人で満足してスッキリしやがって」
「それに関してはお互いさまだろ」
「そういうところな おまえのそういうところ」
「なにが言いたいんよ本条?」
「まあ聞け おれは誰とも親しくなりたくなかった 友だちなんて欲しくなかった 誰のことも知りたくなかった ただただ一人でいたかった 過ごしていたかった」
「……。」
「なのにおまえは勝手におれの本見て勝手におれのこと想像して、共感して、気にして、家にまで来て、弟たちとも仲良くしやがって…」
「家行ったのは先生に頼まれたからだろ」
わたしの勝手じゃないところは訂正しとく
「正直迷惑だった おれの企みぜんぶぶち壊して おれのこと否定して おれを惑わせて…」
「あのさ ケンカ売ってんの? わたし迷惑なの?」
まただ またわけのわからない展開になってる
本条のこういうところ癇に触る
「さあな、おまえが男だったらケンカの一つでもすりゃ簡単なことなんかも知れん それでわかりあえることもあるだろうし」
「じゃあ なに?」
「おま、いや、神楽はほんといつも全力だよな まっすぐだ」
「そうやってつっかかってくんのもまっすぐ故だ」
「なんなんよ本条、どうした?」
「神楽の過去聞いておれは神楽のこと知った 転校生のおれには知る術もなかった過去を おれは自分の不幸に対して後ろ向きだったこと思い知らされた」
「それは本を読む姿勢 理解 解釈 実践 すべてに表れてた」
「本を読んで理解することに関して誰にも負けないって思ってたおれは 神楽に教えられた
『赤毛のアン』の理解の仕方も活かし方も」
「本条 わかんないよ まじわかんない なにが言いたいんよ」
「ここまでおれが貫いてきたことが神楽の前じゃぜんぶ崩れ去った ぶっこわされた
知りたくない気持ち 知られたくない気持ち 親しくなりたくない気持ち 友だちなんていらないって思ってた気持ち、なんもかんもとっぱらって神楽はおれの懐に入り込んでた」
「だって本条が『アン』読んでるからだろ」
「そんなつもりで読んでねぇわ なのに結局こうなっちまう 不思議なもんだよな」
「本なんて読書なんてぜんぶ一人のもん ずっとそう思ってた 一人で楽しめるからこそおれは本の世界にはまったわけだからな」
「それはわたしも同じだよ」
「だったとしても結果ぜんぜんちがった それは神楽が強かったから ぜんぶ真正面から捉えてたから」
「強かったんじゃないから 強くなったんだから」
「さすがだわ そういうとこ勝てねぇ~って思う」
「ここで話した日 おれは神楽と別れてからずっと考えてた 神楽に言われたことずっとずっと考えてた
閉じこもった殻のこと おれの読書はその殻を分厚くさせてるんじゃないかってこと 大好きな読書を孤独の言い訳にしてたんじゃないかってこと」
「それは本に対して失礼なことだってことをな」
「おれは神楽に言われたことぜんぶ悔しかった 悔しくて悔しくてたまんなかった だってぜんぶその通りだって思えたから」
「神楽はおれを利用して殻を破ったって言った
だったらおれのやることはただ一つだ」
「おれは神楽を利用して殻を破ってやる!ってな」
「それが今の本条ってわけだ」
「あぁ、結果つらくなったって そのツラいもぜんぶ受け入れていかないと日々を楽しめない、喜びを見つけられない、ってな」
「つらくはなんないだろ? 今の本条見てたらそう思う」
「いまのおれだからツラくなんだよ…神楽に会うまでのおれだったらツラくなんかならん」
「どういうこと? 殻破ったんだろ? わたしを利用して」
本条がわたしの問いに答えるの躊躇ってた
表情から見て取れた、その本条が声を震わせながら言った…
「転校すんだよ…」
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