第26話 激突! グリフォン!!

 翌日、ルーナたちは早速マターリを出発した。


「マターリもいい町だったわね~!」

「ええ。旅の休憩には最適の場所でした。それに、思わぬ収入もございましたね」


 アルスの背に揺られながら、ルーナはナミと上機嫌に語らう。

 実は昨日のパフォーマンスでも投げ銭をたんまりと回収できたのだ。


「さすがはルーナさんとアルスです! ウチらじゃこうはいきません!」

「ニッケちゃん……そこは自慢することじゃないよ~」


 自慢げに胸を張るニッケに、ベルは苦笑を漏らす。

 そんなことを話しながら、一行はマターリの先の山道に突入した。


 傾斜のついた道も、宙を泳ぐアルスは何の苦もなく進んでいく。

 やがて、空気が微かに変わった。

 風が冷たく、針葉樹の葉をざわめかせながら通り抜けていく。

 ルーナの頬をかすめたその風には、どこか鉄の匂いが混じっていた。


「アルスくんってやっぱりすごいよね~。これだったらどんな場所でもすいすい進んでいけるもん」

「宙を泳げるなら、この山もひとっ飛びできたりはしないんですか?」


 何気ないニッケの疑問に、ルーナは肩をすくめて答える。


「それが無理みたいなの。地面からはある程度の高さまでしか離れられないみたい」

『そうなんだよ~、みんなごめんね』

「アルスが気にすることなんかじゃないわ! ヒトにはできることもできないこともあるもの。それをお互い補い合うのが仲間でしょ?」

『ルーナ……うん、そうだね!』


 アルスを励ましたルーナは、意気揚々と声を上げた。


「よーっし、それじゃあ飛ばしていくわよアルス! ご褒美のお魚は弾むんだから!」

『それホント!? わーい!』


 次の瞬間、アルスの尾びれが唸りを上げ、風が爆ぜた。

 宙を駆ける白黒の巨体が、森の間を矢のように突き抜けていく。


「はわわわ、速すぎるよぉ~!」

「アルスの全力って、こんなに速いんですか~!?」


 凄まじいスピードに、ニッケとベルは悲鳴を上げてしがみつく。


「それそれ~! もっとよもっと!」

「お嬢様、これ以上は危険です!」

『それぇぇっ!』


 アルスは勢いそのままに山道を飛び越え、宙に舞い上がった。

 一瞬、森の向こうに広がる空の青と、雲の白が視界いっぱいに広がる。

 そのとき――。


「……あれは!?」


 ルーナの視線が何かを捉えた。

 上空を滑空する巨大な影――翼を広げれば十メートルはあろうかという獣。

 黄金の羽根と、獅子のたくましい身体。

 まるで伝説から抜け出たような存在。


「――ねえナミ! あれってまさか、グリフォン!?」


 ナミの表情が一瞬で険しくなる。


「お嬢様、すぐに降下を! グリフォンは危険です!」


 だがその警告より早く、頭上から突風が叩きつけられた。


「くっ!?」


 土煙が巻き上がり、針葉樹の枝がばらばらと降り注ぐ。

 木々を薙ぎ倒して降り立ったその影は、たしかにグリフォンだった。


 黄金の羽根が日光を反射し、二つの瞳が獲物を射抜くように輝く。

 その姿は、威厳と殺意を兼ね備えた王の獣と呼ぶにふさわしい。


「ピャラララララ!!」


 耳を劈く咆哮。

 空気そのものが震え、ルーナの胸に冷たい緊張が走る。


「この世界って、グリフォンもいるのね……」

「感心してる場合ですか、ルーナさん!?」

「三ツ星冒険者が三人は必要な相手だよ!?」

「そ、そんなに強いの!?」


「逃げましょう、お嬢様! まだ森の密集地に逃げ込めば可能性があります!」


 ナミの指示でルーナはアルスに命じる。


「アルス、グリフォンを振りきれる!?」

『まかせてよ!』


 アルスが急旋回した瞬間、グリフォンが翼を大きく広げ、唸るように風を巻き上げた。


「ピャラララララ!!」


 巨大な翼が一閃――空気が切り裂かれ、無数の風の刃が雨のように降り注ぐ。


「危ないっ! ――テラ・ウォール!」


 ベルが杖で地を突き、土壁が立ち上がる。

 刃はそれを削り、木々をなぎ倒し、葉を細片にして飛ばした。


「ふーっ、危なかった~!」

「しかし……これで逃げ場がなくなりましたね」


 辺りは一瞬で開けた空間に変わり、背後にはもう遮る木もない。

 ナミの言葉通り、もはや逃げることはできなかった。


「どうすれば……!?」


 焦るニッケとベルをよそに、ルーナはアルスの背で静かに息を吸い込んだ。

 怖い。それでも――。


「落ち着いて、みんな。わたしたちにはアルスがいるじゃない!」

『ルーナ……』


 彼女の瞳に宿る光は、恐怖ではなく信頼だった。


「そうよ、アルス。あの海竜にだって勝ったじゃない。グリフォンなんて、敵じゃないわ!」

『そのとーり!!』


 ルーナたちが降りたところでアルスの尾びれが唸り、湖で見せたあの水の輝きが再び宿る。

 光がきらめき、空気が震える。


「――行くわよ、アルス!」


 グリフォンが羽ばたき、アルスが突進する。

 二つの伝説が、空を裂いてぶつかり合おうとしていた。


『とりゃああああ!!』


 アルスが尾びれをうねらせ、まるで弾丸のように突撃する。

 迎え撃つグリフォンも鋭い爪を構え、真っ向からぶつかり合った。


 ドゴォォンッ――!


 空気が爆ぜ、衝撃波が木々をなぎ倒す。

 砂礫が舞い上がり、ルーナたちは思わず腕で顔を覆った。


「ううっ!」

「どちらもすごいパワーです!」


 立っているだけでも押し返されるような圧。

 その中央で、アルスとグリフォンは互いの力を削り合っていた。


『このぉっ!!』


 アルスが額でグリフォンの爪を弾き返し、そのまま頭突きを叩き込む。

 鈍い音が響き、グリフォンの身体がたじろぐ。


「ピャララ!?」

『まだまだっ!』


 アルスは身体をひねり、しなやかな尾びれで渾身の一撃を見舞った。

 巨体の推進力を担う尾が唸りを上げ、獣の胴体に炸裂する。


 ボゴンッ!


「ピャラアアアッ!?」


 巨体が地面を転がり、乾いた岩肌をえぐって止まる。

 砂煙の向こうで、グリフォンの羽根が舞った。


「すごいです! アルスが押してます!」

「このままいけるかも……!?」


 希望が走る中、アルスが追撃のために再び跳躍。

 しかし、グリフォンは翼を翻して空へ逃れた。


『おっと!』

「上よ、アルス!」


『ピャラララララ!!』


 グリフォンが翼を大きく広げる。


 瞬間、空気が裂け――風刃が無数に降り注いだ。


「――テラ・ウォール!」


 ベルが叫び、地面から土の壁が隆起。

 だが、風の刃がそれを削り、斬り刻み、木の幹ごと粉砕する。


『助かった~!』

「ありがとう、ベル!」

「このくらいお安いご用だよ! でも……壁がもたない!」


 風刃は止むことなく降り注ぎ、壁の隙間から吹き荒れる。


(このままじゃ押し切られる……!)


 焦燥が胸を締め付ける。

 ルーナは唇を噛み、かすかに息を吸い込んだ。


(そうだ……アルスと力を合わせれば!)


「アルス! 聞こえる!? 一緒にやるのよ!」


 風を切って駆け出すルーナに、仲間たちの制止が飛ぶ。


「お嬢様! 危険です!」

「ルーナちゃんっ!」


 だが、彼女は止まらなかった。

 降り注ぐ風刃を紙一重でかわしながら、アルスの元へと飛び込む。


「アルス!」

『ルーナ!? 危ないよ!』

「平気! ――今はわたしを信じて!」


 ルーナの瞳がまっすぐにアルスを捉える。

 その光に、アルスの心も燃え上がった。


『……うん、分かった! ルーナの言う通りにする!』


 ルーナがアルスの背に飛び乗り、そっとその肌に手を当てた。

 すると、彼の体表に青白い光が走り、水流のような魔力が纏わりつく。


「これが……ルーナの魔力……!」


「アルス、笛の合図で上へ跳ぶのよ!」

『りょーかいっ!』


 風刃の雨が壁を削り切る刹那――。

 ピィィッ! 短い笛の音が響く。


『行くぞおおお!!』


 アルスが地面を蹴った瞬間、爆風が起きた。

 巨体が宙を舞い、一直線にグリフォンへ突進する!


「ピャララララ!?」


 不意を突かれたグリフォンは、回避する間もなく激突を受けた。

 羽根がちぎれ、岩肌へと叩きつけられる。


「今よ、アルス――! スプラッシュ・ボンバー!!」


 ルーナが魔力を集中し、頭上に水球を生み出す。

 それをアルスが尾びれで打ち抜いた。


 轟音とともに、水の塊が砲弾のように撃ち出される。

 炸裂した瞬間、濁流がグリフォンを包み、あたりに水飛沫が爆ぜた。


「ピャラアアアアッ!!」


 断末魔とともに、グリフォンはなお立ち上がろうとする。

 だが次の瞬間――。


『これで終わりだあああっ!!』


 ダメ押しとばかりにアルスが落下際にその巨体で押し潰した。

 骨の砕ける音が轟き、地面に深い亀裂が走る。


 静寂。

 やがて風が吹き抜け、戦いの終わりを告げた。


「やった……本当に勝ったんだ……!」

「すごい……すごすぎますよ、ルーナさんたち!」


 ルーナはアルスの頭を抱き寄せ、涙ぐみながら笑った。


「ありがとう、アルス。あなたは本当に――最高の相棒よ」

『えへへっ、ルーナと一緒なら、ぼくは負けないもん!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る