第27話 ついに王都へ

 仕留めたグリフォンを、ニッケとベルが早速解体にかかるが――。


「さすがに硬いですね、並のナイフじゃ歯が立ちません!」

「これじゃあ、解体なんて無理だよ~!」


 泣き言を漏らす二人に歩み寄ったのは、ナミだった。


「それならこちらをお使いくださいませ。そちらよりは幾分ましでしょう」


 そう言ってメイド服のスリットから取り出したのは、青白く輝く刃。

 光を受けて淡くきらめくそれは、明らかに普通のナイフではない。


「こ、これは……ミスリル製のナイフ!?」

「ナミさん、どうしてこんなの持ってるの~!?」

「ふふ……世の中には、知らない方が幸せなこともございますよ」


 唇に指を当てて微笑むナミ。

 その姿に、二人は思わず背筋を伸ばした。


「ナミさんって一体何者なんですかね……?」

「ルーナちゃんのメイドさん……なんだよねぇ?」


 ヒソヒソと囁き合いながら、ミスリルの刃を肉に入れると――まるで絹を裂くように、すっと通った。


「す、すごい切れ味です!」

「さすがミスリル……!」


 驚く二人を見ながら、ルーナは誇らしげに微笑む。


「さすがナミね」

「いいえ、メイドとして当然のことです」


 淡々と答えるナミの背で、ニッケが何かを引きずり出した。


「――出ました! グリフォンの魔石です!」


 掌に収まらないほどの金色の結晶が、陽光を反射して輝いている。


「すごい……! フロッグマンの魔石とは比べ物にならないわ」

「強力な魔物ほど魔石は綺麗で、高値がつくんだよ~」

「これでウチらも大金持ちですね! 二ツ星ハンターも夢じゃないです!」


 浮かれる二人の横で、ルーナの目が何かに止まった。


「……あれ、足に何かついてる?」


 グリフォンの前足には、黒ずんだ金属の枷が巻かれていた。

 鎖の切れ端が残り、表面には見慣れない刻印が刻まれている。


「これは……?」

「――このグリフォン、誰かに飼われていた可能性がありますね」


 ナミの声に、一同が息を呑む。


「飼われてたって……こんな魔物を!?」

「はい。しかも、この刻印……封印術式の痕跡があります」


 ナミが険しい顔で指先をなぞる。

 ルーナの胸に、得体の知れない不安が広がっていった。


 ――この足枷が、のちに王都を揺るがす闇へと繋がっていくことを、彼女たちはまだ知らなかった。




 魔石と足枷を確保した一行は、再び山道を進む。

 その後もいくつかの魔物や猛獣が姿を現したが、どれもアルスの敵ではなかった。


「さすがアルスですね!」

「アルスくん、すっごーい!」

『えっへん! ぼくは強いんだ!』


 すっかり上機嫌なアルスに、ルーナも思わず笑みを浮かべる。


「もう、お調子者なんだから」

「――お嬢様、前方をご覧ください。もうすぐ山を抜けます」


 ナミの声に顔を上げると、視界が一気に開けた。

 遠くには、石造りの巨大な壁が朝日に照らされて輝いている。


「見て! あれが王都の外壁ね!」

『うわぁ……本当に大きい!』


 ルーナは胸に両手を添えて、これまでの道のりを思い返した。


 森で出会ったニッケとベルの二人。

 度重なる戦闘と自らの成長。

 そして旅でさらに深まった、アルスとの絆。


 その記憶のどれもが、ルーナの中で宝物となっていた。


 そんな彼女の心情を察してか、アルスが目を細めた。


『ルーナ、ぼくたち、これからもずっと一緒だよね?』

「ええ、もちろんよ。もう離れ離れになんてならないわ」


 ルーナは微笑み、アルスの頭にそっと口づけを落とした。


 ――数々の試練を越えた少女とシャチは、

 新たな舞台・王都へとたどり着いた。



 王都への入場列に並ぶルーナたちは、ここでも人々の注目を集めていた。


「やはりアルス様は目立ちますね。皆こちらを見ています」

「でも……なんだか今までと違う気がするわ。警戒というより、好奇心?」


 確かに、通行人の視線には敵意ではなく、興味と期待の色が混じっている。

 ざわめきの中で子どもが「見て! あの空飛ぶシャチだ!」とはしゃぎ、大人たちも笑顔で手を振っていた。


『もしかしてぼくたち、王都でも人気者なのかなあ!?』

「まさか。わたしたちのことが、そんなに知られてるはず――」


 軽く笑い飛ばそうとしたルーナの背後から、陽気な声が割り込んだ。


「――おや、君たち! まさか噂のシャチと少女の一座じゃないか!?」


「えっ、わたしたちが!?」


 声の主は、猿のような顔をした青年だった。

 色鮮やかな衣装に羽根飾りをつけ、腰にはタンバリン。旅芸人の風貌そのものだ。


「申し遅れた。僕はハヌマン・サルーン、旅芸人さ。君たちは?」


 彼の問いに、ナミがすっと前へ出て答える。


「こちらはダックリバー公爵家のご令嬢、ルーナ様でございます」

「ルーナよ。こっちはシャチのアルス、よろしくね」

「キュイ~!(よろしく!)」


 ルーナとアルスの挨拶に、ハヌマンは目を丸くしたあと快活に笑った。


「まさか公爵令嬢だったとは! いやあ驚いた。君たちのことは噂で聞いてるよ。空を泳ぐシャチと、微笑む少女の共演ってね!」

「えええっ……そんな風に言われてるの!?」


 ルーナは思わず顔を赤らめ、アルスは胸を張って大得意。


『やっぱりぼくたち、人気者!』

「ふふっ、もうアルスったら……」


「君たちは王都で公演かい? だったら見に行きたいな」

「まだ決めてないけど、まずはいろいろと情報を集めるつもりなの。――それと、ルーナでいいわ。あなたの方が年上でしょ?」

「ははっ、気さくなお嬢さんだ。分かったよ、ルーナちゃん。またどこかで会えるといいね」

「ええ、ぜひ!」


 握手を交わし、互いに笑顔で別れたその直後――

 ようやくルーナたちの番が回ってきた。

 身分証を提示し、手短に入場の手続きを済ませる。


 そして 重厚な門をくぐった瞬間、ルーナの頬を冷たい潮風が撫でた。


 王都ノールセント――そこは北の光と木の温もりが織りなす壮麗な都だった。


 石畳の大通りはゆるやかな坂を描き、赤茶色の切妻屋根がずらりと並ぶ。

 家々の壁は白木や黄土で塗られ、窓辺には氷の名残を抱く鉢植えの花が小さく咲いている。

 通りの両脇では露店が立ち並び、干し魚やチーズ、蜂蜜酒の香ばしい匂いが混ざり合っていた。


「……すごい。なんてきれいな町なの!」


 思わず息を呑むルーナの隣で、アルスがキョロキョロと見回す。


『この町、おいしいお魚ないかな~?』

「ふふっ、アルスはやっぱり食べ物なのね」


 そんなやり取りに、通りの子どもたちが歓声を上げた。


「見て! ホントに空飛ぶシャチだ!」

「すごい、白と黒の竜みたい!」


 その声に気づいた行商人や旅人たちも顔を上げ、好奇と驚きの入り混じった視線を向ける。

 誰もが笑みを浮かべ、警戒ではなく興味で見守っていた。


 遠くの鐘楼が、柔らかく時を告げる。

 鐘の音は高く澄み、雪解けの空に響いて溶けていった。


「これが……王都ノールセント……」


 ルーナは小さく呟き、胸の前で手を組む。

 彼女の瞳に映るのは、石と木と人の温もりが共に息づく都――

 そのどこかに、いま自分たちを待つ新たな出会いと試練があるのだろう。


 ナミがそっとルーナの肩に手を置き、穏やかに微笑む。


「ようこそ、王都ノールセントへ。お嬢様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る