第24話 夜空のもとでの語らい

 その夜、ルーナたちは交代で焚き火の見張りをすることに決めていた。


 しばらくテントの中で休んでいたルーナのもとへ、やがてニッケが顔を出す。


「ルーナさん、そろそろお願いします」

「ええ、分かったわ。ご苦労さま、ニッケ」

「はいっ」


 身体を起こしたルーナが立ち上がると、当然のようにナミも後に続こうとする。


「わたくしも行きます」

「ナミは休んでて。あなたも疲れてるでしょ?」

「しかしお嬢様……」

「いいから。わたしにはアルスもいるもの」

「……かしこまりました。それでは、お言葉に甘えて」


 ナミが渋々布団に身を戻すのを見届けてから、ルーナは夜気に包まれた外へ出た。


 ――ぱちぱちと木の爆ぜる音。

 焚き火の橙色が闇を押しのける。


 その炎の前に腰を下ろすと、湖から上がってきたアルスが大きな身体を寄せてくる。


『ルーナ、ぼくも見張り手伝うよ』

「ありがとう、アルス。でも、あなたも休まなくていいの?」

『ちゃんと休んでるよ?』


 キョトンとしたアルスの返答に、ルーナは前世の記憶を呼び覚ます。

 ――鯨やイルカは、脳の片方ずつを眠らせて海の中で休息を取る。

 空を泳ぐ今のアルスも、きっとその仕組みで眠りながら警戒を続けているのだろう。


「さすがはシャチね。……わたしもそんな風に強くなれたらいいのに」

『えっへん! ぼくに任せなさい!』


 誇らしげに胸を張るアルスに、ルーナは小さく笑った。


 見上げれば、夜空には数えきれぬほどの星が瞬いている。

 ルーナは思わず息を呑んだ。


「ほんとに……きれい。日本の夜空とは比べものにならないわ」

『うん。昔は夜になるとルーナが帰っちゃって、ぼく寂しかった。でも今はこうして、ずっと一緒にいられるんだ』


 その言葉に胸が締めつけられる。

 思い返せば、勤務時間でしか会えなかった日々。

 仕事終わりには必ず別れの時間があった。


「……寂しい思いをさせて、ごめんね、アルス」


 そう言ってルーナが額にそっと口づけすると、アルスも舌をちょこんと出して返してくる。


『昔は昔、今は今! ぼくはまたルーナと同じ世界で過ごせて、それだけで幸せだよ!』

「わたしもよ。異世界でもこうしてあなたと一緒にいられる……それが何よりの幸せだわ」


 アルスの顔をぎゅっと抱き寄せながら、ルーナは胸の奥でじんわりと温かいものを感じていた。


 焚き火の炎と星空の光が交錯する中で、その幸福は確かな形となってルーナの心に刻まれていくのだった。


 気がつけば、夜空の星はすでに消え、空には朝の太陽が昇っていた。

 焚き火は赤い残り火を失い、灰の中にかすかな熱だけを残している。


「……はっ、寝ちゃってたの……!?」

『おはよう、ルーナ。昨日は疲れてたんだね』


 アルスが大きな顔をすり寄せてくる。

 呑気な声に、ルーナは額に手を当ててうなだれた。


「見張りしてたはずなのに……!」

『大丈夫だよ。見張りならぼくがずっとやってたし、何もなかったよ。安心して』

「アルス……ありがとう。でも結局、あなたに頼りっぱなしだわね」


 詫びるルーナに、アルスは胸びれをパタパタさせて無邪気に笑った。


『気にしないで! ルーナを守るのがぼくの役目だから!』

「アルス……。本当に、最高の相棒だわ」


 顔をわしゃわしゃと撫でてルーナが唇をつけると、アルスは嬉しそうに目を細めた。


 そこへ、まだ眠たげなベルが大きなあくびをしながらテントから出てきた。


「おはよ~、ルーナちゃん」

「おはよう、ベル。……ごめんなさい、昨日は交代に呼べなくて」

「それは私こそだよ~。気がついたら朝までぐっすりだったんだもん」


 おろおろと謝るベルの姿に、ルーナは思わず吹き出した。


「ふふっ、わたしたち似た者同士ね」

「ふえっ? そ、そうなのかなあ?」


 ベルが首をかしげていると、今度は元気いっぱいの声が響いた。


「皆さん、おはようございます!」


 テントから飛び出してきたニッケが腕をぐるぐる回している。


「おはよう、ニッケ」

「さあ、今日も張り切っていきますよ!」


 そのエネルギッシュさに、ルーナとベルは顔を見合わせて思わず笑った。


「ニッケちゃん、朝から全開だね」

「はい! ウチはいつでも元気いっぱいです!」


 その言葉だけで、ルーナも少し背筋が伸びるように感じた。


 そして最後に現れたのは、釣った鱒をぎっしり詰めたバケツを携えたナミだった。


「皆様、おはようございます」

「「おはようございます、ナミさん!」」


「……またこんなに釣ってきたの!?」


 驚くルーナに、ナミは涼やかに微笑む。


「ええ、この湖は実に豊かです。これでもアルス様の一食分にしかならないでしょうけれど」

「キュイー!(お魚ちょうだい!)」


 頭を振っておねだりするアルスに、ナミはくすくすと笑いながらバケツを傾けた。


「お嬢様と同じ言葉がなくとも、アルス様の考えはよく分かります。さあ、どうぞ」


 鱒を一気に呑み込み、「ごちそうさま!」と言わんばかりに嬉しそうに鳴くアルス。


「やっぱり足りませんね。出発までに、もう一度釣って参ります」

「ナミ、ご苦労さま……」


 すぐさま釣り竿を持って湖に戻るナミの姿に、ルーナは肩をすくめつつ苦笑する。


 その後、簡単な携帯食で朝食を済ませた一行は、再び旅路へと足を進めた。


 ヨル湖での一泊は、ルーナにとって忘れられない記憶になったのである。

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