第23話 湖でのキャンプ

 しばらく進むと、森の切れ間の向こうに鏡のような湖面が広がった。


「わ~、きれーい!」


 ルーナは思わずアルスの背から飛び降り、澄みきった湖岸へと駆け寄る。


 湖の水はどこまでも透明で、空と森を映しこんで宝石のように輝き、覗き込むと自分の姿がはっきりと鏡写しになった。


「これはヨル湖ですね。この辺りでは聖地として名高い湖です」

「そうなのね! ……そう聞いたら、なんだか水浴びしたくなってきちゃった!」

「それではわたくしがお手伝いを」


 ナミに手際よく服を脱がせてもらい、ルーナは白い足をそっと水に踏み入れる。

 冷たい水がきらめくように飛び散り、ポニーテールに結んだ銀髪と白い肌をさらに引き立てた。


「ひゃっ……! 冷たいけど気持ちいいわ! アルスもおいで!」

『わーい!』


 誘われたアルスは豪快に湖へ飛び込む。

 轟音とともに大波が立ち、盛大な水しぶきが岸辺を洗った。


「きゃあっ! んもう、アルスったら~!」

『えへへっ!』


「ウチらも混ぜてくださーい!」

「わたしも行く~!」


 ニッケとベルも笑顔で衣服を脱ぎ、駆け足で湖へ飛び込む。

 水面は三人と一頭のはしゃぎ声で賑やかになった。


「冷たっ……でも気持ちいい!」

「ほんとだね! 身体が清められるみたい!」


 キャッキャとはしゃぐ二人に、ルーナも加わる。


「それぇ!」

「きゃあっ!?」


 ルーナに水をかけられたベルが声を上げ、負けじと水を返す。

 ニッケも参戦し、三人の水しぶきが乱れ飛んだ。


――けれど一瞬だけ、ルーナの視線がベルの豊かな胸元に吸い寄せられる。


「……やっぱり大人っぽいなぁ」


 そう呟きそうになった自分をごまかすように、ルーナは勢いよく水を跳ね上げた。


「それいけ、アルス! マリンスプラッシュよ!」

『わーい!』


 アルスが尾びれを振ると、湖面が盛大に波立ち、まるで小さな津波のように二人を直撃する。


「「ひゃああ~っ!!」」

「ふふん、水辺ではアルスは無敵なんだから!」


 笑いと水しぶきが交錯し、湖畔は祭りのように賑わった。


 ――こうして彼女たちは、短いひとときを思いきり楽しんだのである。


「あ~、楽しかった~!」

「こんなにはしゃいだのはいつぶりですかね!」


 水遊びを満喫したベルとニッケが服を着直すそばで、ルーナはまだ素肌のままアルスに寄り添っていた。


「アルスも楽しかったわよね?」

『うん! とーっても楽しかった!!』


「――お嬢様、いつまでもそのような格好ではお風邪を引いてしまわれます」


 背後から控えめに声をかけてきたのはナミ。その手には、すでに釣り上げた鱒がぎっしり詰まったバケツが下げられていた。


「お魚がこんなに! さすがだわ、ナミ!」

「お褒めに授かり光栄でございます。これでアルス様のお食事の足しになるでしょう」


 ナミに服を着せてもらいながら、ルーナは感心したように微笑む。

 その間にもアルスは口を大きく開けて――


『お魚! 食べる!!』

「もー、アルスってばしょうがないんだから~」


 ルーナは笑いながら鱒を放り込み、アルスは豪快に飲み込む。


『ごっくん! ごちそうさま!』

「……釣った鱒が一瞬で消えましたね。これはまた釣らねば」


 さらりと言って竿を取り直すナミに、ルーナは思わず苦笑いを浮かべた。


 そのとき――。


「――ルーナさ~ん!」

「なんか祠みたいなのがあるよ~!」


 ベルとニッケの呼ぶ声に駆け寄ると、湖畔に苔むした小さな祠がひっそりと佇んでいた。

 石に刻まれた女神像は風雨に削られながらも、どこか温かな雰囲気を放っている。


「これは……?」

「ずいぶん古そうですが、女神様の像でしょうか」


 ナミを呼んで確認すると、彼女は静かに頷いた。


「――これは恐らく癒しの女神エイル様を祀った祠ですね」

「癒やしの女神様……」


 ルーナは湖の澄んだ水と古の信仰とを重ね合わせ、自然と胸が温かくなった。


「せっかくだから祈りを捧げましょう」

「はい!」

「うんっ」


 ルーナたちは苔むした祠の前で手を合わせ、静かに頭を垂れた。




 夕暮れが迫る頃、一行は湖畔に小さなキャンプを設営した。

 ナミが手際よくテントを張り、ベルとニッケが焚火を整える。


 爽やかな風を浴びて佇むルーナが湖に目を向けると、気持ち良さそうに湖畔で漂うアルスの姿がある。


「アルス、気持ち良さそうね」

『うん。ここの水は冷たくてとっても気持ちいいんだ~』


 蕩けたようなアルスの表情に、ルーナは思わず顔が綻んだ。


 そんな感じでアルスに構っていたルーナは、今度はニッケたちに呼ばれる。


「ルーナさ~ん、食事ができましたよ~!」

「はーい!」

『待ってよルーナぁ』


 呼ばれてみんなの元へ向かうルーナの後を、アルスも追いかけるように上陸した。


 この日の食事は湖で釣った鱒を直火で焼いたものである。


 焔の揺らめきが湖面を黄金色に照らし出し、幻想的な光景を作り出していた。


「いただきます!」


 焼いた鱒にかぶりつくと、ほろほろとほどける白身が口の中に広がる。


「んんっ! これ、とっても美味しいわ!」

「まるで雲を食べてるみたいだよ~!」

「湖鱒はこの地の名物ですからね!」


 舌鼓を打つ三人の横で、アルスがずいずいと頭をルーナの腰に押し付けてくる。


『ルーナ、それちょうだい!』

「えっ、焼き魚でもいいの?」


 焼き鱒を口に入れたアルスは――


『あっつ! あっつい!!』


 慌てて吐き出し、ぺろっと舌を出す。


「あーもう、アルスには生のをあげるから!」

『えへへ、ごめん!』


 生魚を頬張って満足げに笑うアルスを見て、皆は思わず顔を見合わせ、ほっこりとした笑い声を上げた。

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