第38話 夜遊び
家の中の方が安全というのは、日常的な居心地の良さからくる漠然とした安心感の錯覚であると俺は思っている。だから、このまま一条をほっとくのはどこか罪悪感を覚える。
おまけに彼女は、直近で怖い思いをした上に友人も同様の被害を受けているとなると、確かにこのままほっとくのはだめかもしれない。
であれば、ここはひとつ一条家で親御さんが返ってくるまでじっとしておいた方がいい。
「わかった、じゃあ一条の親御さんが帰ってくるまでここにいるから、それでいいだろ?」
「え、夜釣りにはいかないの?」
けろっとした様子でそんな質問をしてくる一条に、俺は強い違和感を感じた。
「なぁ、一条は一人でいるのが怖いんだろ?」
「うん」
「じゃあ俺が一緒に家にいればいいよな」
「でも、山藤君夜釣りに行くんでしょ?」
「まぁ」
「一緒についていく」
「いや・・・・・・だから」
「ねぇ山藤君、昨日あんなことがあったのにどうして夜釣りに行こうとするの?」
「いやそれは」
「もしかして、山藤君は今回の事件について一人で調べようとしてるでしょ?」
「してない、それは全部一条の親御さんに任せてる」
「そうなの」
「あぁ」
「じゃあ、より一層夜釣りに行く理由がわからないんだけど」
「夜釣りの理由は釣りだ、それ以外に何もない」
「なら私がついて行ってもいいよね」
「いや、だから・・・・・・」
あきれるほどの一条のわがままに付き合っていると、突然リビングの方ですごい音がした。
それはまるでガラスが割れたかのような激しい音であり、一条は驚いた様子で俺のそばに寄って来た。
「や、山藤君今の何?」
「・・・・・・よし、逃げるぞ一条」
「え?」
俺はすぐさま一条を連れて玄関を飛び出した。困惑する一条を連れて走って逃げようとしていると、一条が声を上げた。
「山藤君」
「なんだ」
「自転車っ」
一条は玄関近くにある自転車を指さした。なんとそれはいわゆるタンデム自転車と呼ばれる自転車であり、俺はすぐさまそれを移動させて道路に飛び出すと、俺は一条と共に自転車にまたがって逃げ出した。
なんともシュールな状況に困惑していると、後ろで一条が悲鳴を上げた。
「な、なんだっ」
「山藤君後ろっ、追いかけてきてる」
一条の言葉に少しだけ後ろを振り返ると、確かにそこには人の姿があり、それは間違いなく俺たちの方へと走ってきているように見えた。
はっきりとは見えながら、確かに人影がこちらへ走ってきている状況の中、俺はペダルを踏む力を強くした。
とにかく、この場から逃げる事。できるだけ遠くに追いつかれようにと、必死にこいでいると、やがて住宅街の景色を抜けた。
そうして、必死に自転車をこいでいると、再び一条の声が聞こえてきて俺は我に返った。
「山藤君っ」
「え、なんだ一条」
息を切らしながら振り返り、あたりを見渡していると、俺はいつの間にか見覚えのある山の近くへとやってきていた。
「あれ、ここ・・・・・・」
「もう追いかけてきてないよ」
「そうか」
「すごいね山藤君、めちゃくちゃ早かったよ」
「悪い、怖くなかったか?」
「大丈夫、それよりもここってS山だよね」
どうやら、俺は自然とS山の方へと走ってきていたらしい。これもすべて普段の行いによる弊害。あるいは、何かしらの影響でここに来るように導かれてしまったのか。
「悪い、多分普段の癖でここにきてしまった」
「ううん、大丈夫だけど、少し休憩しよ?」
「あぁ」
そうして、俺は自転車を降りて近くにある自販機へと向かった。
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