第29話 目的
「悪いが、一条にもう話すことは無い」
「え、どうして?」
「一条は行方不明になった大切な友人を取り戻した。もうそれで十分だろう」
「で、でもっ」
「まだあの場所に行く理由が、お前にはあるのか?」
「そ、それは・・・・・・」
一条は言葉に詰まってうつむいた。だが、すぐに顔を上げると俺をじっと見つめてきた。
「まだ、桃花ちゃんと同じ境遇の人たちがいるかもしれないんだよ」
「それは、お前の知り合いなのか?」
「知り合いじゃないけど」
「なら、もう何もするな、これ以上親御さんに迷惑をかけない方がいいぞ」
「でもっ」
「でもじゃない、お前一人で四谷さんを精神病棟から連れ出せたと思っているのか?」
「それは」
「もういいだろ、お前は四谷さんの側にいてあげた方がいい」
「・・・・・・じゃあ、山藤君にはやるべき事があるの?」
「それはお前には関係ないことだ」
「関係ないって、そんな言い方」
「事実だ、それに俺としてもこれ以上お前に振り回されるのはごめんだ」
厳しい言い方かもしれないが、一条にはこれ以上危険な真似をしてもらいたくはない、それは普通だ、何より後の事は俺が何とかして・・・・・・って
「うわっ、なんで泣くんだよ」
目の前では涙を流す一条の姿があり、彼女は服の袖で涙をぬぐっていた。その理由が分からず、俺はめちゃくちゃ動揺して一条の側から離れた。
「私、山藤君の事が心配だよ」
「心配ってなんだよ」
「だって、あんなところで夜釣りしてたらいつか攫われちゃって、精神病棟に入れられちゃうかも」
純粋な心配で涙で流してくれる一条はやっぱり優しいやつなんだろう。
「な、なんだその心配は、大丈夫に決まってんだろ」
「そんな保証はないでしょ?」
「な、無いけど、それはお前の心配する事じゃないっていうんだよ」
「じゃあ、山藤君夜釣りやめなよ」
「し、知るかそんなの、お前にそんなこと言われる筋合いは無い」
「じゃあ、私も誘って、私も行く」
「なんでそうなる」
そうして、よくわからない一条との問答をしていると、お手伝いさんの福井さんがリビングに帰ってきた。
「あらあら、二人は仲がいいのね」
「いや、仲がいいわけではないと思うんですけど」
「あらそうなの?」
「はい、補修で一緒になっただけの仲ですから」
一条との関係をしっかりと伝えて、余計な誤解を与えないようにしていると、ふと、携帯端末が振動した。
画面には「犬」と表示されていた。
「一条」
「え、何?」
「俺も帰るよ、ちょっと用事が出来たし」
「用事って、夜釣りの準備?」
「違う」
「じゃあ何?」
「お前には関係ないこと・・・・・・あ、福井さん飲み物ごちそうさまでした」
そうして、俺は一条と福井さんに挨拶を交わして一条家からお暇しようとしていると、俺の背後からバタバタと足音が聞こえてきた。
振り返るとそこには一条の姿があった。
「なんだよ」
「私にできる事があったらさ、いつでも言ってね」
「何もない、いい加減しつこいぞ」
「で、でもさっ、やっぱり山藤君の事も心配だし」
「・・・・・・お前の親御さんはお前の事をもっと心配してるし、今後はより一層家から出られなくなるんじゃねぇか?」
そう言ってやると、一条はわずかに青ざめた様子を見せた。
「た、確かにそうかも」
「だろ」
「そっかぁ・・・・・・」
残念そうな様子を見せる一条はとてつもなく愛らしく、可哀そうな生き物に見えた。それは俺の中にある気まぐれな心を刺激してきた。
ちょっとくらいは一条にもこの先の事情を話しても・・・・・・そう思ったのだが、 昨日の事を思うとそんな甘い考えはすぐに消え去った。
「そうだ、大人しくしとくんだな」
「山藤君はいいなぁ、好き放題出来て」
「そうでもないって・・・・・・じゃあな一条」
そうして、俺は一条家を後にした。
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