第20話 般若

 精神病棟を後にするために俺達は出口を目指して歩いていたのが、その道中で人の姿を見つけてすぐに身を隠した。

  それは、あわただしい様子で周囲を確認している警備員の姿であり、その人は無線で頻繁に連絡を取っていた。

 どうやら、無線の内容を聞く限り俺たちの事が知れ渡っているらしく、病棟内で捜索活動が行われているらしい。


 無理もない、このご時世で監視カメラのないところなどない、それを覚悟したうえでの不法侵入だが、いざ追われる立場になると精神と肉体がバラバラになったかのように混乱してしまう。


 だが、相手は一人であり無理をせず様子を見ていれば逃げ道は確保されるだろう。

 そう思っていると、警備員が何かを見つけたかのように機敏に動き「誰だっ」という声を廊下に響かせた。


 ただでさえ静寂に包まれた環境の中、警備員の声は離れた位置にいる俺の鼓膜まで強く届いていた。

 そして、警戒した様子の警備員はライトの光を薄暗い廊下に向けていると、そこから現れたのは般若の面をつけた大柄の人だった。

 

 凄惨な行為を繰り広げ、夢でも見ている気分にさせたその人の登場に思わず息をのんだのだが、何故か警備員の男は微動だにせずただただ般若の仮面をかぶった人を見ていた。

 すると、彼は突然リラックスするように肩を下げると、軽く防止のつばに手を当てながら般若の人に挨拶する素振りを見せ始めた。


 一体どうなっているのだろうか?


 そんな疑問が頭に浮かぶ中、警備員と般若の人はまるで雑談でも始めたかのように身振り手振りで会話をする様子を見せていた。


 シュールな光景、だが、強い違和感を感じる目の前の光景は思わずずっと見ていたくなる光景だったのだが、そんな硬直した空気は俺の背後から聞こえてくる悲鳴によって完全に破壊された。


「いやぁぁぁっ!!」


 一条親子のものではない、明らかなる背後からの叫び声、それは間違いなく失踪したと思われていた一条の友達のものであり、唐突な行為に俺は混乱した。

 そして、警備員と般若の人がいる方向を確認する余裕もなく俺たちはその場から離れることになった。


 だが、いまだ泣き叫ぶ様子をやめない一条の友達はまるで赤子のように喚き散らしており、これではいくら逃げても追手にたどり着かれてしまう状況だった。


「おい一条、何か口を防げるものはないか、このままだと逃げるにも逃げられん」

「えっ、急にそんなことを言われても」

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」


 一条の友達は、今度は謝罪の言葉を叫び始めた。何もかもがわからない状況の中、とにかく口を閉じてもらわない事にはどうにもならない状況の中、一条の親御さんが

声を上げた。


「まろん、護身用のスタンガンを持っていないか?」

「持ってるけど、まさか使うの?」


「使いなさい、少しは大人しくなるかもしれない」

「でも」


「いいから使いなさいっ」

「あぁもうっ」


 そうして、一条はポケットからスタンガンを取り出した。あれ、もしかしてこれって俺のしびれたりするのかな?

 なんてことを思っていると背後から「バチバチッ」という破裂音が聞こえた後、背負っている一条の友達がわずかに体を硬直させながらわずかな悲鳴を上げた。


 すると、先ほどまでのうるさい悲鳴はなくなったのだが、彼女は言葉にならないうめき声を俺の耳元にささやきかけてきた。


「う、うまくいったの?」

「あぁ、このまま逃げるぞっ」


 一条親子の息の合った見事な機転により俺たちは再び逃げることに集中した。

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