第15話 異常区域
自転車でS山のKトンネルへとたどり着くと、そこは妙に静まり返っていた。
虫の音も、風も、人の気配すらも感じない様子はまるでこの場所だけ時が止まっているかのような空間になっていた。
せっかくなら、一条がひと騒ぎ起こしてくれていた方がましな状況の中、俺はただ一人Kトンネルを通り抜けようとしていると、正面の方向から女性と思われる人の姿が見えた。
その人は、深夜にも関わらず一人で歩いていた。
携帯端末を見る訳でもなく、手荷物を持っているわけでもなく、ただただ歩いているという女性は、とても異様な光景に見えた。
そして何よりも、その女性は一条が見せてきた心霊写真「トンネルにたたずむ女性」その人にそっくりだった。
以前もあったが、その時はまだ生気のある人間らしさを感じたが、目の前から歩き、迫ってくる彼女の存在感はどこかあいまいに思えた。
まさか、こんな状況になるなんて、全く望んでもいない事ではあるが。人生とはこうした余計な事が連続するものだ。
そうやって心を落ち着けて、自転車を転がしながら女性とすれ違った。
挨拶することも、されることもなくすれ違った瞬間。俺はすぐさま振り返って女性の姿を確認しようとすると・・・・・・その人はどこにもいなくなっていた。
これ以上ない心霊体験、きっと一条なら泣いて喜ぶほどの体験だろう。そして、このS山Kトンネルの周辺が明らかに委譲をきたしている証拠に思えた。
それにしても、自分の体調が心配になるほどの経験をしたにもかかわらず、こうして落ち着いていられるってのは日頃から夜釣りをしているおかげだろうか?
・・・・・・いや、そんな事よりも大切なのは一条の捜索だ。
そうして、俺はトンネルを抜けてすぐのわき道にライトを向けると、そこはコンクリートで舗装された道が続いていた。
ここを行けばS山精神病棟へとたどり着く。一条の親御さんがこの道を見つけられているといいが・・・・・・
とにかく、俺はその道に入り精神病棟がある場所へと向かった。だが、その道中でエンジンのかかった車が停車していることに気づいた。そして、その近くにはライトの光がちらちいらと動いており、人がいる様子がうかがえた。
俺は恐るおそる車へと近づこうとした途端、強烈なライトの光が視界を覆い、すぐに男の人の声が響きわたった。
「誰だっ」
その声は聞き覚えのある声であり、もしかすると一条の親御さんかと思った俺はすかさず名乗り上げた。
「あ、あのっ、山藤です」
「・・・・・・山藤?」
そうして、ライトの光をわずかにずらしてくれた人は、ゆっくりと俺に近づいてきた。そして、俺も相手にライトを向けてみるとそこにはインテリヤクザもとい、一条の親御さんが立っていた。
「そうか、君が山藤君だったのか」
どうやら、一条と初めてこの辺りに来た時のことをしっかり覚えられていたらしい。そう思うと、この人の記憶力が恐ろしく思えてくる。
「・・・・・・こ、こんばんは、どうも」
「君はどうしてここに?」
「いや、色々心配になったので」
「君は帰りなさい、未成年が夜中にうろついていたら問題だ」
「でも、一条が気になりますし、何より困ってそうだったので」
「・・・・・・うっ、あぁ、パンクしてしまってね」
「交換中でしたか?」
「あぁ、今やっている所だ」
「そうですか、じゃあ照らしておきますので続けてください」
「ん、あぁ、すまないな」
そういうと一条の親御さんはパンクしたタイヤの交換を再開した。
この道は一本道であり、迂回もできない状況なだけあって、もしもほかの車が来たとなれば大問題だ。それを知っているか知っていないか分らないが一条の親御さんはずいぶんと焦った様子で交換を行っていた。
そして、思いのほかすぐに終わったタイヤ交換の後、一条の親御さんは俺に礼を言ってきた。
「すまなかった、助かったよ」
「いえ、それよりも今から精神病棟の方へ向かわれるんですか?」
「あぁ、トンネル付近も探してみたが、どこにも娘の姿は見当たらなくてね」
「そうですか・・・・・・あの、良ければ一緒に探しませんか?」
「何を言っている、君は家に帰りなさい」
「この辺りの事は詳しいですし、あの精神病棟にも何度か行ったことがあります」
「そうなのか」
「はい、それから車はここにおいてここからは徒歩で向かいましょう」
「しかし、ここは離合のできない一本道だ、車を置いてなんていけない」
「こうしていた方が入ることも出ることもできませんから、何かあった時に役に立つと思います」
「・・・・・・道をふさぐというのか?」
「はい、とても反社会的ではありますが、あなたの目的は娘さんですよね」
「あぁ」
「これから向かう先に娘さんがいるかいないかはわかりませんが、あの場所にはよくない噂がよくありますから、これくらいの事はやっておくべきだと思います」
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