第13話 私が私でいられるうちに

「そう思えるうちに、これまでの事は全部忘れてまともになるべきだ」

「友達を忘れろっていうの?」


「違うそうじゃない。冷静さを取り戻さない事には駄目だって事だ。それにお前はもう対象なんだぞ」


「対象って何?山藤君さっきから言っていることがわけわからないよ、そんなんだから学校でも友達の一人もできないんだよ」

「うっ、なんでいきなりそんなこと言ってくるんだよ」


「だってそうじゃん、なんか意味深な事ばかり言って、結局山藤君が何が言いたいのかもわからないし、水滴の話だって突然そんな話をした理由がわからないし、何もかもがめちゃくちゃだよっ」

「いや、それは・・・・・・」


 一条の言い分は分かる、そして彼女がそれほど取り乱すという事は、それだけ彼女がこの一連の事に対して真剣である証のように思えた。


「何か知ってるならちゃんと教えてよ」

「・・・・・・」


「黙るんだ。別に、言えないことがあるならいいけどさ、だったら私の事を止めないで」

「俺が言いたいのはやめとけって事だ、本当にそれだけだ」


「・・・・・・」

「まぁ、どうしてもっていうならこの先は一条の好きにすればいい、だが一つ言っとくと幽霊なんざこの世にはいないし、一番怖いのは人間だって事だ」


 俺はその言葉を残し、一条との待ち時間ですっかり空になった皿やコップを確認した後、会計に向かおうとしていると、一条が俺に話しかけてきた。


「山藤君さ、もしも私がどうにかなったら、無念を晴らしてくれる?」

「そんなものは知ったこっちゃないし、そんな事にもならない。俺は余計な事には首を突っ込まず日常の喜びを噛みしめる」


「・・・・・・そっか」

「あぁ、じゃあな一条、気が向いたらまた仲良くしてくれ」


 そうして、俺は喫茶店を後にした。


 少し気まずい別れ方をしたが、一条の様子をみているとあれ以上刺激するわけにもいかないし、一応の警告もしたからこの場でやれる事はした。


 おそらく、一条の事だから今後もKトンネルの調査をするのをやめないだろう。だが、それを責めたりはしない、何しろ、人とは誰しも非日常を求めるものだ。


 友達のためとはいえ、自ら危険な場所へ赴く一条は勇敢に思えるが、はたから見れば彼女の行動は無謀で狂気じみている行動にしか見えない。


 まさしく憑りつかれているという言葉がふさわしいだろう。


 非日常という魅力に飲まれている事に気づくことができるのは、わずかな人間だけであり、それを教えてあげられる、または救えるのは他人である。


「おーい岳弥君、おーい」


 ふと、名前を呼ばれていると思ったら、正面から自転車に乗った警察官が近づいてきているのに気付いた。

 そして、それが以前一条と初めてKトンネルに向かった時に世話になった警察官であることに気づいた。


「こんにちは」

「こんにちは岳弥君、お出かけかい?」


 こんなに気さくな警察官はそうそういないだろう、まぁ地域に根付いた交番勤務の警察官ならこれくらいしてもおかしくはないだろうけど、それにしたってニコニコ笑顔で高校生に話しかけてくるって・・・・・・俺はあんたの友達か?


「ずいぶんとご機嫌ですね」

「えぇ!?そう見えるかい?」


 警察官は公務員にあるまじき表情をしながらへらへらと笑っていた。


 どうやら何か良い事でもあったらしい。だが、今はそんな事よりもこの運命的な出会いを利用しない訳にはいかない。


「ちょうどいいんで、少しお話いいですか?」

「え、もちろんいいけど、どうしたの?」


「S山にある精神病棟の院長についてなんですけど」

「たっ、岳弥君それは」


「ただの世間話ですよ」

「岳弥君、悪いけどこっちから何か情報を言う事は無理なんだからね」


「わかってます、ただ適当に相槌を打ってもらえると助かります」

「・・・・・・あ、あぁ」


「三日前、おそらく数人の脱走者が出ているはずです、新聞には出ていませんでしたが、そちらで補導されたりしましたか?」

「梨・・・・・・って好きかい岳弥君」


「好きですよ、それにしてもS山精神病院では最近じゃ、学生もお世話になっているって話は本当なんですかねぇ?」

「いやぁ本当・・・・・・に暑いよね最近、ふもとの方は風が来るからましだけど、屋内はもう蒸し風呂みたいでたまらないよぉ」


 俺は、警察官とぎこちなく会話する中でそれとなく情報を仕入れていると、警察官は明らかに困った様子で俺を見つめてきていた。

 その様子に、俺は何とかして警察官の力を借りられるように、最低限の情報を伝えておくことにした。


「そういえば最近、クラスメイトの女子生徒が肝試しにはまっているらしくて、心配なので夜間の巡回をしていただけると助かるのですが」

「え、あぁそうだね、検討するよ」


「特にKトンネル辺りをお願いします」

「・・・・・・わかったよ」


「では、俺はこれで失礼します、お仕事の邪魔してすみませんでした」

「あ、あぁ、岳弥君も気を付けてね」

「はい」


 そうして、俺は警察官と別れた後、自宅に戻って夜釣りの準備を始めた。

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