第10話 現実と幻想の狭間で

 ただ、逃げる際に山道の分かれ道で別ルートを選んでしまったことで、予定のなかったKトンネルの傍まで来てしまっていた。


「はぁはぁ、山藤君、ちゃんとこの状況の説明責任を果たしてよね」


 一条は息を切らしながら堅苦しい言葉を言った。


「まぁ、するつもりではあるけど」

「それで、あの赤い光は何だったの?」


「精神病棟からの脱走者が出たという合図、それも一人ではなく複数人だ」

「複数人?」


「あぁ、患者が今まさに山を下りている所だろう」

「じゃあ、私たちがここにいちゃまずいってこと?」

「そういう事だ、というわけで今日の夜釣りはここまで」


 俺は一条がトンネルの方に気を取られないように視界を遮りながら彼女と共に山を下ろうとしていたのだが、彼女の目はしっかりとトンネルをとらえていた。


「おい一条、馬鹿な事は考えるなよ」

「ねぇ山藤君・・・・・・人がいるよ」


 一条はまるで憑りつかれたかのようにトンネルの方を凝視しており、挙句の果てにはそんな事を言い始めた。


「どうでもいい、さぁおりるぞ」

「違うの、写真の人がいるのっ!!」


 一条はそんなことを言うと、俺の横を通り過ぎてトンネルの方へと走り出した。


 俺は、そんな彼女の背中を追いかけてトンネルの方へと向かうと、そこには一条が見せてくれた「トンネルにたたずむ女性」の心霊写真とそっくりの人がいた。


 黒い長髪にさわやかな水色のワンピースを着たその女性は、今まさにトンネルの中へと入っていこうとしていた。


 そして、一条は一目散にその女性の方へと向かうと、戸惑うことなく話しかけていた。


「あのっ」


 トンネルに響くほどの一条の声に女性はゆっくりと振り返った。どこか嫌な予感がする俺は、すぐさま一条の元へとたどり着くと、一条は俺の事などよそに続けて話しかけた。


「あの、ここで何をされているんですか?」

「・・・・・・え、私の事?」


 水色ワンピースの女性はきょとんとした様子で平然とつぶやいた。


「は、はい、突然話しかけて恐縮ですが、とても気になったものでして」

「・・・・・・あぁ、あなた私が見えるのね」


 意味深な言葉に一条はわずかに息をのみ、瞬時に緊張感が高まった。だが、目の前の水色のワンピースを着た女性は突然クスクスと笑い始めた。


「嘘うそ、私はここでお仕事してるのよ」

「・・・・・・仕事?」

「うーん、えっと、アルバイトみたいなものかな」


 気さくなお姉さんのはにかみは、一気にこの場の空気を和ませてくれた。そして、俺の傍にいる一条はどこか拍子抜けした様子で唖然としていた。


「それより、君達こそこんな夜更けにデート?いけないなぁ」


 水色ワンピースの女性は、まるでこの状況が当たり前のように平然としゃべっている。だが、こんな状況誰が見たっておかしい。

 深夜の山中、舗装された道とトンネルはあるが女性が一人で徘徊している。おまけにその行為がアルバイトだって?


「あ、あの、アルバイトというのはどういう事ですか?」


 一条は立て続けに質問をしているとさすがに水色ワンピースの女性は困った様子を見せた。


「あぁごめんね、この仕事は他言無用だって言われてるから詳しいことは言えないかな」

「じゃ、じゃあこの写真を見てくれませんか?」


 そういうと一条は一枚の写真を取り出して水色ワンピの女性に見せた。それは「トンネルにたたずむ女性」の写真だった。


「うーん、私かなぁ?」


 返答はどこかあいまいなものだったが、心当たりがありそうな様子に一条は興奮した様子を見せた。


「こ、心当たりがあるんですか?」

「まぁ、こんなところでこんなことしてるから、幽霊だと間違われることもあるし、そういう写真を撮られてても不思議じゃないかなぁとは思うよ」


「そうですか」

「うん、じゃあ私はこれからこのトンネルを一往復してくるから」

「え?」


 そういうと水色ワンピの女性は俺たちに手を振ってトンネル内へ入っていった。そのあまりにも平然とした様子と、慣れた様子の後ろ姿はどこか奇妙に見えた。


 そして、一条はどこか深刻そうな顔で持っている写真を凝視していた。


 おそらく、ぼやけているせいで、同一人物かどうかという確証が得られない事をもどかしく感じているのだろう。

 それに、もしもこの写真に写っている人が彼女だった場合、心霊写真という名目のものがただの写真になってしまう。


 つまり、この写真から感じる異様な嫌悪感や恐怖はただの無知なる恐怖ということで片付けられてしまう。


 ただ、それでも気になるのはその写真が原因で失踪したという一条の友達の事だった。彼女はこの写真のせいで情緒不安定になり、やがて女性の霊が見えるといって失踪に至る。


 俺たちは今、その一条の友人が辿った道を後追いしている最中であり、一条はまさしくその道の岐路に立っているように思えた。


「おい、大丈夫か一条」

「え?」


俺の問いかけに一条はようやく我に返ったかのようにきょとんとした表情を見せた。


「大丈夫かって聞いてるんだよ、もう帰るぞ」

「ま、まってっ」


「だめだ、これ以上の深追いはするな」

「でも、まだ私の友人についての情報が」

「それはまた今度だ、今日は本当にやばいから帰るぞ」


 俺は半ば強引に一条の手を引いてトンネルを離れた後、山を離れて住宅街へと戻った。

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