第6話 雨宿りに喫茶店で怪談話

 補修も終わり、一条の誘いで一緒に下校することなった俺は、通学路にある喫茶店へとやってきていた。


 誰もが想像しうる、イメージ通りの喫茶店であり、中はコーヒーの香りで充満していた。そして、その香りの隙間を縫うかのように香る、甘いパンの焼けた香りが俺の食欲を促してきた。


 だが、俺は今食事どころではなかった。

 

 なぜなら、目の前のクラスメートの女子が真剣な顔で心霊写真を見せつけてきているからだ。


「ほら見て山藤君この写真に写ってるのは悪霊なの、真っ黒なのが特徴でね。あ、赤色もかなり危険な幽霊なんだって」


 心霊写真、その歴史は1860年代にまでさかのぼるといわれている代物、どのような背景でそのような現象が起きたのかはわからない。

 だが、ちょうどその頃にはすでに写真のレタッチ、つまりは写真の加工技術がそれなりに確立されていたという。

  

 それらを踏まえると、心霊写真とは決して超常現象的な類ではなく、歴史から消す必要のあった人物をレタッチした成れの果てであり、茶化すよりも真剣にとらえなければならない分野である・・・・・・ 


 なんて事は分かっているのだが、それをわかっていたとしても心霊写真を見ていると妙な気分になるのはどうしてだろうか?


 それも全てではない、特定の写真には明らかに気分を害するものがある。そして、それは一条が持ってきた中にもあった。

 

「なぁ一条、なんでこんなものを見せてくるんだ?」

「え、面白いでしょ?」


「面白くは無いっ」

「でも、なぁんか嫌な感じがしない?それがとても新鮮で面白いの」


「・・・・・・そうか」

「心霊写真だって馬鹿にする人も多いけどさ、実際問題なぜか嫌な気持ちになったりするでしょ、それってやっぱりこの写真には幽霊が映っていて、その怨念がおんね~んって感じだと思うの」


 そんなことを言いながら一条は次なる心霊写真をあさり始めた・・・・・・それにしても、一条はこんな事を言う奴だったのか。

 なんて思いながら正面に座る一条を見つめると、彼女の端正な顔立ちが目に留まった。


 綺麗に整えられたまっすぐな黒髪ロング、長いまつげ、つややかな唇。そのどれもが男の俺にとっては心霊写真よりも新鮮で魅力的なものに見えた。

 以前から一条の美貌はクラスでも噂になっていたが、ちゃんと見る事がなかっただけに、その噂が真実になった瞬間だった。


 しかし、そんな美貌に見とれていると一条は俺の視線に気づいたかのように顔を上げた。


「ん、どうかした山藤君?」

「何でもない、それよりこんなものを見せるために喫茶店に誘ったのか?」


 俺の言葉に対して一条はどこか不満げな様子を見せた。だが、その表情はすぐに暗くなった。


「・・・・・・・ねぇ山藤君、昨日言ったKトンネルの話、もう少し聞かせてくれない?」

「それは一条の方が詳しいだろ?」


「ううん、私が知りたいのは山藤君が知ってる話」

「俺が知ってることは昨日全部話した」


「精神病棟の話?」

「あぁ」

「それ以外にあの辺りについて知ってる事は無い?」


 別に隠すつもりはないが、それを言ってしまうと一条が再び現場に向かってしまうというのは避けたい、いや、避けなければならない。


 なぜなら、彼女の様な女子高生が安易に立ち入って場所ではないからだ。二度と踏み入らせるわけにはいかない。

 

「・・・・・・それを知ってどうするんだ?」

「私は知りたいの、あそこで一体何が起こっているのか」


「どうして知りたいんだ?」

「私の大切な友人があの場所で失踪したの」


 一条の真剣なまなざし、それは俺をこのまま逃がすつもりはないよう鋭いものだった。そして、何よりもこの会話の展開が一気に不穏になった。


「失踪?」

「うん」


 そういうと一条はカバンからスクラップブックと思われるものを取り出した。


「これを見て、ここに私が集められるだけの情報が詰まってる」


 俺は一条の取り出したスクラップブックを手に取り、中に貼られている新聞の記事を眺めた。

 それは、とある高校に通う女子生徒が失踪事件になったという記事だった。警察による捜査が一週間程度行われるも女子生徒が見つかることは無く、その後も何の手掛かりもなく、一か月が経過しているというものだった。


 スクラップブックには新聞だけではなく、一条が集めたと思われる事件現場の写真が多く乗せられていた。


「これ全部、一条が集めたのか?」

「うん」


「進展は?」

「ない、警察の捜査なんて一週間もたたずに打ち切り、ボランティアで捜索を手伝ってくれている人もいたけど、それも最近じゃ聞かない」


 一条は眉をひそめながらそう言った。


「そうか」

「行方不明になる前、彼女は人が変わったかのようにおかしなことを言い始めたの」


「どんなことを言ってたんだ?」

「・・・・・・女の霊が見える、と、言ってた」


 昨日聞いたセリフを、ここで再び聞くことになるとは思わなかっただけに、自然と寒気がした。


「まるで昨日の狂人みたいだな」

「前提として、彼女は心霊に関してとても強い関心を抱いていた。私が今、山藤君にしているように、彼女は私に心霊写真を見せるのが趣味だったの」


「悪趣味だが、そういう人がいてもおかしくはないか」

「うん、彼女は数ある心霊写真の中のうち、とある一枚の写真にとても執着していたの」


「・・・・・・執着?」

「さっき話したと思うけど、心霊写真の中でも特別に嫌な感じがするとか、どこか気持ち悪いとか、そういう感覚が強い一枚だった」


「まさか、その写真のせいでその子が変わってしまったとか言わないよな」

「明言はできないけど、それがきっかけだとは思う」


「まさか、考えすぎた一条」

「ねぇ山藤君・・・・・・実はここにある写真の中にその一枚が混ざってるの」


 一条の顔は、まるで憑りつかれているようにすら思える不気味な顔で俺を見つめてきていた。


「なんだよ、当てろっていうのか?」

「どれか、わかる?」


 俺は心霊写真が散らばる机に目を落とした。確かにどれも気味の悪いものがそろっているが、その中でも特に気になる一枚はあった。


 それは、トンネルにたたずむ「ぼやけた女性」の姿を映した写真だった。俺は嫌な予感を感じながら一条の問いの返答を出し渋っていると、一条はおもむろに手を伸ばしたかと思うと、トンネルにたたずむ女性の写真を手に取った。


「これっ、これを見た時から、彼女はおかしくなったのっ!!」

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