第5話 繰り返される奇行

 一条と肝試しをした翌日は雨天だった。


 夏には珍しい天気なだけあって、天に感謝しながら今日も補修へと向かった。教室には昨日同様に一条の姿があった。


「おはよう山藤君」


 声色は昨日と変わらない様子だったが、その表情は雨天の影響もあってか、どこか暗く見えた。おそらく昨日あのインテリヤクザさんにこっぴどく怒られたんだろう。


 っていうか、あの人とはどういう関係なんだろうか?


「あぁ、おはよう一条」

「昨日はごめんね、振り回しちゃって」


「いや、そうでもないよ」

「本当?」


「あぁ、いつもの方がもっと大変だからな」

「じゃあさっ、今日も付き合ってくれるっ!?」

 

 一条は椅子から立ち上がるとそんな事を言い始めた。それはさっきまでの陰鬱な雰囲気をぶち壊すものだった。

 そして、彼女の顔は期待に満ち溢れたまぶしいものであり、一条という人間の精神性が垣間見えたような気がした。


「つ、付き合うって、何を?」

「もちろん、あの場所で一体なにがおこっているのか調べるの」


「・・・・・・やめとけよ、ろくなことにならない」

「でも、気になるんだもん」


「そんなわがまま言って、昨日みたいに迎えの人に迷惑かけるだろ」

「いいの、今日は父さん帰ってこないし」


 え、昨日のインテリヤクザさんって父さんだったの?


「あ、あの人、父親なのか?」

「うん、それが何?」


「い、いや、親に心配かけるのはまずいだろ、それにお前は女子だ」

「女子だから何?」


「子どもと同じくらいに犯罪の標的にされる存在だって事だ、面倒を起こさない努力も必要だ」

「だから山藤君にお願いしてるんだけど」


「え、俺?」

「そう、昨日みたいにボディガードしてよ」


 こんな気さくに身辺警護を依頼してくるやつがいるか?


 そもそも、昨日だって警告しに行っただけでボディガードするつもりなんかさらさらなかったんだ。

 それを当たり前の様なこんなことを言うなんて、もしかして一条って相当ズレたやつなのか?


「悪いがそんなことはできない」

「なんで?」


「なんでって、俺だって色々とやることがあるんだよ、それともうあそこには近づくな」

「その口ぶり、なぁんか怪しいなぁ」


 一条は目を細めながら、まるで俺を見定めるかのようにじろじろと見つめてきた。


「怪しくないだろ、危ない場所には近づくなって普通の事だ」

「っていうか山藤君さぁ、あそこの事何か知ってるんでしょ?」


「・・・・・・いや、何も知らない」

「嘘、昨日もすごく詳しく話してくれたじゃん、精神病棟の事とか色々」


「あれは、この辺じゃ有名な話だ」

「でも、全然怖がる様子もなかったし、慣れた様子で歩いてた。あと、なんか警察官の人と仲良さそうだったし」


「そりゃあ、男子は女子の前ではかっこつけたくなるんだよ。それと警察官についてはノーコメントだ」

「なんでノーコメントなの?ほら、絶対何かあるって事じゃん」


「無い」

「ないと証明できないでしょっ」


「ないって言ったらないんだからいうこと聞けよ」

「だったら私一人で行くからっ」


「いや、行くなって言ってんだろ」

「じゃあボディガードしてよ」

「だからそれは・・・・・・」


 なんだかよくわからないが、ヒートアップしていくやり取りの中、突如として教室に入ってきたのは担任の先生であり、この補修を設けてくれた高橋だった。


「おい、様子を見に来てみればお前ら、サボってないでとっとと補修を終わらせてくれよ、面倒だから」


 担任の高橋はけだるそうにそんな事を言いながら、教壇に二本の麦茶入りペットボトルを置いた。


「それからこいつは差し入れだ、脱水症状にならないでくれよ、面倒だから」


 そうして、高橋は俺たちに無関心な様子で教室を出て行ってしまった。


 この蒸し暑い中、クールな態度な高橋にたしなめられた俺達は、黙って再び課題に取り組んだ。

 これで、おかしな空気も元に戻るかと思われたが、一条は何を思ったのか俺の隣の席に移動してきた。


「あのさ、なんで隣に来るんだ?」

「この方が話しやすいから」


「もう、これ以上話す気はないんだけど」

「いいじゃん別に、雑談しながらの方がはかどるし」

 

 一学期の間、ろくに話したことのない相手とここまで接近することになってしまったのか。

 それはきっと、一条という人が他の誰にも持っていない特別な魅力を持っているからなのかもしれない。


「それでさ山藤君、幽霊って本当にいるの?」

 

 しつこい、だが、相手しないともっと面倒なことになるかもしれない。


「いるんじゃないか?」

「やっぱりそう思う?」


「あぁ、ただ見えないだろ」

「え?」


「言葉通りいたとしても見えない、じゃなければ幽霊じゃない、これが基本じゃないのか?」

「そ、そうなんだ・・・・・・あっ、でもさ、見たって話はたくさん聞くよ」


「幻覚だろう」

「幽霊が物質化して、触られたとかっていう話も」


「夏の肝試しは薄着で行くから、露出した部分に何かが当たったりしたんだろ。ただでさえ服を着ててもチクチクしたりかゆくなったりするだろ?」

「・・・・・・あのさ、山藤君本当に幽霊信じてるの?」


 不機嫌な様子でにらみつけてくる一条に、俺はなるべく目を合わせないように課題を続けた。


「信じてるって」

「その割に否定ばっかりじゃない?」


「おかしなことばかり言うからだろ」

「それは山藤君じゃん」


「言ってない」

「じゃあ、なんで幽霊はいるって言ったの?」


「いるからだ」

「だから、その説明をしろっ」


 徐々に口が悪くなっていく一条の姿は俺の知る彼女とは全く違う人になっていた。こういうのを昔は憑りつかれているって言ったんだろう。


「さっきも言ったけど、もしも幽霊を見た時は幻覚。たいていはそこで話は終わる、その後の事故死やら病死なんかは怪談噺の鉄則、あるいは幻覚を見るほどに体調が悪いって事だ」

「じゃあ、幽霊は幻覚って事?」


「幽霊に関してはな、だが、幽霊に混じって本物の人間がいるってこともある、それが一番怖い」

「人間が一番怖いってやつ?」


「そうだ、昨日もそれだった」

「信用できない」


「じゃあ今日もその疑問を確認しに行くってのか?」

「・・・・・・うん」

「んっ」


 俺は何も言わずに教室の窓を指さすと、一条も黙って俺の指さす方を見た。


「今日はあいにくの雨、明日の朝まで降り続くし、諸々の警報が出る可能性が高いからやめとくべきだ」

「そうだね」


 素直な返事、まぁ、高校生にもなる女子が雨の日にまで外に出かけるなんて事はほどん変人でもなければ無い事だろう。


「じゃあさ、山藤君この後暇?」

「え、あぁ」

「付き合って」


 結局、何かに付き合わされそうな俺は、生まれて初めてこんなにも積極的な女子に出会えたことに感動していた。

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