第4話 令嬢のお帰り
その後、取り押さえた警察官が応援要請をしていたのか、二台目のパトカーがトンネル内へと到着すると、狂人はそこに乗せられてトンネルから姿を消していった。
パトカーに乗せられる間も狂人は「女」という言葉をのどがつぶれるほどに連呼しており、その様子に一条は俺の背中で震えながら隠れ続けていた。
言い方は悪いかもしれないが、これで一条も心霊スポット巡りなんかをする気はなくなるだろう、少し刺激が強すぎただろうが、良い薬になるだろう。
そうして、俺達は警察官付き添いのもと、帰宅しようとしていると、前方から突然黒塗りの車がやってきた。それは、ここに来た時に見た車種とは違い、ナンバープレートも違うものだった。
「また心霊スポット巡りか、本当いい迷惑だなぁ」
そういいながら警官が黒塗りの車へと向かおうとしていると、黒塗りの車から一人の男が現れた。
その人は、綺麗なスーツを身にまとった長身の男性であり、険しい顔をしながらツカツカと歩いてきていた。
その速度は速く、風を切る音が聞こえそうなほどの歩幅で警察官の横を通り過ぎると、俺の目の前に立ちはだかった。
威圧感のある背丈、鋭い目つき、俺を見下ろすことでずり下がった眼鏡を上げるしぐさに、俺は任侠ドラマに出てくるインテリヤクザを思い出した。
「さぁ、帰るぞまろん」
「え?」
困惑する状況の中、一条がようやく俺の背中から離れた。そして、彼女はうつむきながらスーツの人の元へと向かっていった。
「あ、おい、一条その人は?」
「大丈夫、迎えの人だから・・・・・・えへへ、見つかっちゃったみたい」
「見つかったって、お前」
「やっぱり夜遊びはだめだよね」
「え、あぁ」
「楽しかったよ山藤君、またね」
一条は苦笑いしながらそんな事を言うと、俺に軽く手を振ってきた。だが、それを遮るかのようにインテリヤクザさんが話しかけてきた。
すると、一条が心配そうに俺の元へと駆け寄ろうとしたのだが、インテリヤクザさんが声を上げた。
「先に車に乗っていなさいっ」
トンネルに響く強い語気に、一条は臆した様子を見せるとトボトボと悲しそうな背中を見せながら黒塗りの車に乗車した。そして、その間も俺から目を離すことのないインテリヤクザさんは口を開いた。
「君は?」
「・・・・・・山藤です、一条さんとは同じクラスに所属しています」
「そうか、君があの子をたぶらかしたのか?」
「いえ、ここは危険だから帰る様に忠告しました、ですが一条は言うことを聞かなかったので、せめて付き添いだけでもと思いまして・・・・・・」
「そうか、それは迷惑をかけたな、申し訳ない」
インテリヤクザさんは信用してくれた様子を見せると、わずかに申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。
「いや、一条の方が怖い思いをしたと思うので」
「あぁ、あとはあの子から全部聞かせてもらう、ではこれで・・・・・・」
そうして、インテリヤクザさんは相変わらず警察官を無視して黒塗りの車に乗車、そしてトンネルを去って行ってしまった。
なんともあっけない別れに俺と警察官は顔を見合わせた。
「なんだか、説教する暇もなかったですね」
「そ、そうだね・・・・・・とりあえず岳弥君も送ってくから乗っていってよ」
「でも俺、自転車で来てますので」
「そんなのすぐに回収するから、ほらっ、乗って」
そうして、俺は警官のパトカーに乗り込み、トンネルの傍に置いてある自転車を回収した後、パトカーで家まで送ってもらうことになった。
その帰り道、警官がどこか控えめに話しかけてきた。
「そ、それで岳弥君、最近の夜釣りの成果はどうかな?」
「えーっと、それはどっちの意味で、ですか?」
「も、もちろん例の件だよぉ」
「・・・・・・そうですね、やはり、精神病棟の付近で妙な動きがみられます」
「それって、やっぱり」
「はい、さっきの患者の男も言ってましたけど、やはりあのトンネルには女がいます。夜な夜な精神病棟の方へ向かっては患者をたぶらかしている様子ですね」
「じゃあ、ここ最近多発してる脱走事件は偶然じゃないってことかい?」
「それは警察判断で・・・・・・ただ」
「ただ、なんだい?」
「何が怖いって、おそらく、それを誘導している奴らがいるって事です」
「さっきトンネルの傍にいた黒塗りの車だね」
「はい、定期的に車種を変えているようですが、繰り返し精神病棟とトンネルを往復しているのを何度も確認しています、おそらく確信犯です」
「とはいってもそれを検挙することはできないしねぇ」
「ちなみに、職務質問したことあるんですか?」
「あるよ、めちゃくちゃ怖かったけどね」
「どうでした?」
「ほとんどが男二人で心霊スポット巡りとか何とか言って誤魔化すだけ、もちろん車には二人以外乗っていない、トランクにもね」
「じゃあ、やっぱり霊の仕業ってことですね」
「でも、どうしてこんなことをするんだろうね」
「これは父親の言っていた話なんですが、都合の良い飛び道具が欲しいそうです」
「飛び道具?」
「精神的に疾患を持った人物は、健常な人よりも洗脳しやすいそうです、そしてそれを特定の組織や、人物に危害を加えるときに利用するそうですよ」
「あ、あれかい、頭に聞こえてきたってやつかい?」
「はい、今回の一件はずいぶんと古臭い手法ですが、だからこそ効果は抜群みたいですね」
「・・・・・・そうかい、しかし悪いね、高校生にこんなことを頼むなんて」
「はい、それが一番の恐怖ですね」
「仕方ないじゃないか岳弥君、人間が一番怖いはずなのに、それをたぶらかす未知なる存在がいるなんて、本当に恐怖でしかないよ」
「いやぁ、でもあの幽霊は綺麗な女の人ですよ」
「え、本当かいっ」
警官は運転中にもかかわらずよそ見しながら俺の顔を凝視してきた。俺の顔を見たって見えるようにはならないだろうに・・・・・・
「まぁ、そうでもないとほいほいついてきませんよ、血みどろの女についていきたいですか?」
「そ、それはそうだね」
「個人的には、警察がこんなことを真剣に頼み込んでくることに恐怖してますよ」
「そ、そういわないでよ岳弥君、この件が収まるようにしてくれないと交番勤務としてはつらいんだよぉ」
「そうですね、何とかなるように頑張ってみます・・・・・・あ、ちなみに、後部座席にトンネルの美人幽霊が」
「うわぁーーーっ」
警官は突如として叫び出すと、急ハンドルを切って交差点にある電信棒にぶつかる直前で停止した。
「だ、大丈夫ですか?」
「た、岳弥君、本当に後ろにいるの?」
「じょ、冗談ですよ」
「もぉ~、やめてくれよぉ~」
「あ、あはは、すみません」
今回の一軒、人間の狂気かはたまた例の仕業か。そんなものは圧倒的に人間の狂気の方が多い、だが、日常に潜む狂気は時として未知なる存在によって引きこされる事もある。
そして、俺が今日一番恐怖を感じたのは、人を下手に驚かすのは絶対にだめだという事だった。
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