第2話 診断結果

外来受診から1週間後、予定どおり先日の病院を再び訪れた。

10時までに1階の入院受付窓口に来るようにと言われていた。

これまであまり病院に来ることがなかったため、そのような窓口があることを改めて知った。

受付の医療事務員は淡々と入院の手続きを進め、ほどなくして消化器内科病棟の若い看護師が迎えに来た。


入院先は7階A病棟。この病院の各階はエレベーターを挟んでA病棟とB病棟に分かれており、A病棟には消化器内科のほか耳鼻科の患者もいるという。

案内されたのは4人部屋の大部屋で、学生時代の合宿を思い出させるような空間だった。

病衣に着替え、荷物を整理し、昼食をとるうちに時間はあっという間に過ぎ、午後からは休む間もなく検査が始まった。


「すい臓のあたりに腫瘍があるかもしれない」——。

3泊4日の検査入院は、状況によっては延長する可能性があると聞かされていた。

すべての検査を終えた3日目の夕方、主治医との面談があった。

できれば家族も同席するようにと言われたが、萩野は独身で、両親も北海道に住んでいるため、一人で話を聞くことになった。

家族同席という言葉から、すでに嫌な予感はしていた。

主治医の小林は準備された検査画像を示しながら、落ち着いた口調で話し始めた。

「準備をしてください」

「準備?」

小林は一拍置いて、静かに続けた。

「萩野先生は薬剤師ですから概ねご理解されていると思いますが、診断はすい臓がんです。肝臓への転移も見られるため、ステージⅣです」

「標準的な化学療法を行っても、1年生存率はおよそ40%。いまは日常生活を送れていますが、多くの方は1年後には厳しい状況になります」


——そのとき、萩野はようやく小林の最初の言葉の意味を理解した。

“準備”とは、治療の準備ではなく“死の準備”のこと。

残されたわずかな時間で、身の回りの整理をし、伝えるべきことを伝え、

この世を去るための覚悟を整える——そんな意味だった。

そして、薬剤師国家試験の勉強で読んだ病態生理学の教科書に書かれていたこと——。それを思い出しながらも、頭もお腹も真っ白になるような、ふわふわとした感覚に包まれた。天井の上から自分を俯瞰して見ているような中で、萩野は必死に小林の言葉を一つひとつ理解しようとしていた。


張り詰めた空気のなか、付き添いの看護師が面談内容をカタカタと入力している。

小林は萩野の動揺を察しつつも、慣れた調子で話を続けた。

「萩野さんは薬剤師ですので、率直にお話します。化学療法を行えば生存期間を延ばせますが、臨床試験の結果では全生存期間(Overall Survival:OS)の中央値で数か月の延長にとどまるのが現実です」

長年、こうした厳しい説明を繰り返してきた小林の声には、落ち着いた重みがあった。

「たった数か月のために厳しい治療をするかどうかは人それぞれの価値観です。ただ、治療により症状を緩和できる可能性もあります。

これはPFS(Progression-Free Survival:無増悪生存期間)、つまり病勢が悪化するまでの期間にも一定のエビデンスがあります」


本来なら、こうした言葉は医療知識のない患者には難解な内容だっただろう。

しかし、萩野が薬剤師であることを知る小林は、専門用語を交えて説明していた。

まるで、少しでも現実を正確に伝えることで、彼に“理解という形の防具”を与えようとしているかのようだった。


キーボードの音だけが響く中、短い沈黙のあと小林は言った。

「もし化学療法を始めるのであれば、このまま入院を延長して最初の1回を入院で行い、その後は外来で継続することになります。選択するのは萩野さんです」


独身で、家族も遠方。守るべき子どももいない。

助かる見込みの少ない延命にどれほどの意味があるのか——そんな思いが頭をよぎった。それでも、「何もしないこと」への恐怖だけが次第に大きくなっていく。

焦りと不安が入り混じる中、萩野は小さくつぶやいた。

「……すぐに治療をお願いします」

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