第2話
・八田 男性 19歳 都内の大学生
キス経験 なし
・高野 女性 20歳 都内の大学生
キス経験 なし(多分…)
名前以外、どこにでもいる二人。そんな二人が出会い、付き合うことなんて、自分にとっては奇跡のよう。さらにさらに、手を繋いだり、あだ名で呼び合ったり……キスなんかできたらどれほど幸せか…。
「私、核爆弾なの」
そう、私の初キスは核爆弾と名乗る女性だった。お互い好きであることを伝えたあとだった。
「え、」
静寂が始まった。私にとって人の注目がある時の静寂ほど、怖いものはない。決して沈黙と言わないのは、高野さんの雰囲気とセリフとそれを包む情景が、沈黙の条件として当てはまらなかったからだ。
「えっと…」
この静寂を解いたのは高野だった。
「信じてくれなくて良いよ、ヤバい女でしょ、私って」
「…どういう、こと」
この高野という女性がヤバいかどうか、というのは八田の中にある恐怖の優先順位的にみたら案外低い方だ。それより聞きたいのが
「俺の体に何を入れた?核爆弾?なんか危ないものを入れたのか!?麻薬とかか!?え?!毒かなんかだろ!!!」
「違う!!!!!!」
体がビクッとした。それまで私に気を遣いつつも、優しく褒めてくれたりした、"あの"高野が強く拒否をしたら、それは誰でも驚く。
「八田さんに入れたのは、燃料"だった"もの…」
「…核だったものってこと…??」
高野のカミングアウトから想像するに、核燃料だったものが私の中に入ってきた…、知識がなくとも、とてつもないエネルギー、パワーがある物質が私の中に。
「でも…安心して、それは無害だから。」
「いや、安心できないって」
「八田さんにあげたのは、私の感情、気持ちに混ざっていた不純物」
……???????????????
「私の中にある核燃料は、自分では気づいていない気持ちとか、ぐちゃぐちゃになった思考とか、よく分からない…その、アイデンティティ?とか、人間一人一人が持ってるものからできているの。そういうものが言語化されたり、自分で理解できるとちょっとずつ溶解されていく。私はそういったものに対する自己認知が人一倍苦手で、燃料を消すことができなくて」
「だ・か・ら!俺の中に入ってきたものは結局なんだよ!」
「…溶解されてほぼ無害になった核燃料だよ。けど無害。ほぼね!だから安心s…」
(マジか…100%じゃあないのか…。
健康に気遣ってたつもりだったのに、後遺症かなんかありそう…もしかして、脳に何か支障が!?)
高野の声は途中から雑音に変わり、八田の体の心配の方が勝ってしまった。
(ん…?)
「あの時、体全体がポカポカしていたのは…」
「そう、それが私の核燃料。ほぼ無害でもそれほどの力を持ってるの」
ここで率直な質問をする。
「高野さんの体の中になんで核燃料があるの?」
高野は、まっすぐに、信念を持ったように答えた
「分からない」
私は困惑したが、その返答に対してはすんなり受け入れられた
「原因はわからない。それまで自分は周りの人とは違うと思ってた。なんか体が熱いし、周りの人よりもチカラが出せるし…賞賛の声もあったけど、怖がる人もいたよね」
高野は続けた
「自分が核燃料を持っていることに気がついたのは、中学の授業で、便覧の資料に載ってた核を使った発電所とか原爆の映像をみて「あぁ、これ私だ」と思ったから」
(ん…?)
「高野さんの"それ"は核燃料ではないのか?」
「それもわからない、自分で見えるものだったら、調べたりなんだりできるけど、見えないし。よくわからないものって怖いでしょ。だから、核燃料っていうことにしてる。その方がまだ自分を嫌いでいるよりも腑に落ちるというか、安心っていうのかな」
安心…なのだろうか。青春真っ只中の人がそのような自分の人生を左右するような仮説を立ててしまっては、かなりの絶望感に苦しめられるのではないだろうか。
「だから、私、何か事故とか起きたら、きっと街ごと吹き飛ぶんじゃないかな、とか。考えたりした」
一瞬、斜め下を向いてしまった。高野さんを見ないように
「やっぱり怖いでしょ、私」
「…怖いよそりゃ」
「…ごめんね、隠してた私が全部悪いの。もう忘れてくれていいよ。八田さんには辛い思いさせたくないし、周りの目とかもあるだろうし」
「けど」
「…」
「高野さんと過ごした今日は、絶対忘れない。それは、高野さんが核爆弾ってことを指してるんじゃなくて、ただ一人の女性として、こんな自分と一緒にデートしてくれたことが本当に嬉しかった。お互い緊張してたことも、悩みを持っていたことも、俺の事を褒めてくれたことも…チャットで話してた事以外のことたくさん経験できて、高野さんの存在がもっと身近で、なにより可愛いし」
「そして尊いんだ」
高野の顔は、それまで見たことのない驚いた顔をしていた。
「それが高野さんの悩みじゃなかったらそれでも良い。それが悩みなのであったとしても一緒に考えていきたい。それが難しくても、少しでも高野さんが良い日を送れるなら」
「だからその、」
バッッ
高野さんが私に飛びかかってきた
ギュッッ
高野さんの両腕は、それまで語られてきた核爆弾である正体不明の女性ではない。どこにでもいる、純粋に、誰かに受け止められたい、けど我慢していた、優しい心の女性だった。
高野さんは涙を流していた。耳元で啜り泣く高野さんは我慢という不幸な癖のせいで、思いっきり泣かないように見えた。
「辛かったよね、もういいんだよ」
「……うん」
18時10分。夕日がなくなりかけていた。優しい光に包まれてた二人の世界は、互いの牙のように見えた臆病な内面に肩を寄せて、今日の幕を閉じた。
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