キスした瞬間、私は核爆弾になった
@kakapipi
第1話
ぼくはキスをした。それは夢だった。
ぼくはキスをした。それは妄想だった。
ぼくはキスをした。それは燃料だった。
キスは甘いのだろうか。「甘美」という言葉を知ってからというもの、カッコつけたいのか"甘美=身体的な彩り"だと思い込んでいる。そんな私。19歳。大学生。
今日は文学の講義だ。といっても、一般教養としての。私は心理学を専攻しているが、あまり講義に興味を持てない。数学、政治、生物学などの一般教養の科目は、興味を持てない私にとって大学生活続行の希望であった。
文学の第五回目の講義。課題が出ていたのだが、授業が始まる1時間前に終わらせた。早めに大学に来て課題をやるなんて。行動は優等生っぽいのに理由は劣等生色が濃い。課題の内容は「好きな食べ物をあなたの言葉で書いてみて」というもの。パッと思いついたのはみかんだ。理由は簡単だ。甘くて美味しいからと、単純明快。しかし、こんな彩りも無いと自負している文章1行で終わってしまったら1時間前に来た私がとても可哀想に思えてくる。なので、甘いという言葉の類義語を調べてみた。
糖分…スイート…そういうのじゃ無い!
なんかもっと、日本語の美しさみたいなもの!あるはず!…
そして見つけた。
『甘美』…「甘美」…。
「甘美って言葉、いいぬぇ」
ハマった。
「みかんは甘美で、口の中でつぶつぶがはじける。口内で広がる橙の柑橘は、私に一時の恍惚感を与えてくれる」っと…
1時間でかけたのはこれだけ。私というのは不思議で、調べれば調べるほど興味が湧いてくる生き物らしい。内から湧き出る色々な言葉を調べているうちに楽しくなってきていた。結果2行しか書いてないが、満足だった。
しかし、この満足感は講義の後にまた興味へと移り変わる。テーマは『甘美』だ。甘美ってなんだろう。果物の甘さだけなのかな。
「例えば、詰めが甘いの「甘い」は?」
ハマらないなぁ。
「んー、キスは…」
ありえる。なんか文学的っぽい。
「『甘美なキスで、私は果物以外の甘さを知った…』とか!?」
こういう思考には自信がある。なんで文学部に興味がなかったのか。時々思う。
帰路に着き、明日の予定を確認する。明日はデートだ。相手はマッチングアプリで出会った人。名前は高野さん。僕と同じ大学生で、美術館巡りが好き。私も最近アートに興味を持っていることもあり、チャットでは少し盛り上がった。その途中、半ば強引にデートに誘ってOKを貰った。場所は都内の美術館。時間は10時に駅前集合。
「甘美なキス…いや、まだ早いだろっ。てか俺にそんな自信があるわけない」
けど足取りは愉快だ。
若干の
–次の日
駅前。私は高野さんがどこの方角から来るか予想をしつつ待っていた。
「9時45分か…」
男なら30分前に待ち合わせ場所に着くのが当たり前という風潮を信じた結果、夏は暑いわ、冬は寒いわで、待つという行為は私にとっては「我慢」であることに気が付き、最近は15分前に着くようにしている。15分前はちょうど良いのだ。
駅前にはたくさんの人がいる。募金活動をしてる人、なんかのチラシを配ってる人、ちらほらスーツや制服を着て改札を通る人…。遠くでお菓子の路上販売をしてる人の声が聞こえた。車の音や信号の音などのノイズがあったが、その中に甲高く、けど不快感はないその声を聞き、なんて言ってるのか、骨組みを立てていた。
「あの、」
「…はい!?」
「ごめ…は、八田さんですか…?」
「そうです!今日はよろしくお願いします」
「高野です。よろ…しくお願いします」
ぎこちない会話で始まったデートは、目を合わせた瞬間、緊張の種を自ら植えていることに気づいていない。
なので、そこから美術館に着くまでの会話や情景はあまり覚えていない。ちらちらと高野さんを見ては「かわいいなぁ」と純粋な気持ちを味わっていたが、しゃんとせなあかんぞと奮い立たせ、まさしく"今"を生きている感覚でいっぱいだった。それもハリボテだったのかもしれない。
着いた時には手汗がすごく、ズボンで毎回拭いていた。きっと、高野さんにバレている。
「あの、」
「はい!どうしました?」
「私、今日楽しみだったんです」
「あー美術館ですか!僕もです!今日行く展示、期間ギリギリだったけど高野さんといけるってなった時、めっちゃ楽しみでした!」
完璧に、言葉も優しく、褒めて、たくさん褒めていかなくては…。
「本当ですか!私、誰かと美術館だなんて初めてだったんですけど、ほらチャットで内向的って話をした時にね。八田さんとなら、行けるのかなって」
「えー!嬉しすぎる!緊張してるのかなって思って心配しちゃった」
「緊張してましたよ!けど、私のこと変とか思ってない感じがして」
「変?」
「その、話し方とか、話の話題とか、いつも突飛だし。話もなんか、熱く語ったりしちゃうし、美術のこととか」
「どこが変なのさ!それくらい好きってことでしょ?」
「うん」
「そういう気持ち分かるなぁ。好きなものを語るときって妙に口が動くっていうのか、その時だけ、心と体が繋がってるって感じ」
この時、私はやってはいけないことをしてしまった。それは"すぐに相手のことを分かった気で話すこと"、"男らしさをだそうとカッコつけた言葉で演出しようとすること"。これは私の欠点だ。すぐにこういうことを言ってしまう。しかし返答は意外で
「分かる!すごい分かる!なんか突き動かされるっていうか、本来の私?っていうんですかね!」
「そうそう!その時は感情と言葉を上手く操作しているっていうか、ガ◯ダムみたいな!」
「あー…見たことないけど、感覚はそういう感じよね!誰か乗ってるっていうのかな」
8割セーフといったとこだろう。しかし、短いながらもこういう深い会話ができる人は、今まで何人いただろうか。少し心が近づいた気がした。
一通り、館内に展示された作品を鑑賞した。お互い、一人でアート鑑賞をしてきた人間だからか、会話は殆どない。しかし、お互いそれも理解していた。
「アートって自分で感じたものを言語化する作業っていうのに近い気がする。なんか堅苦しいけど」
「私もそう思う!だから行く時はお互いどう思ったか、どう感じたかを見終わった後に言い合いっこしよ!」
こんなやり取りを前日にしたので、少し気軽だった。
近くのカフェに入り、お互いコーヒーとチョコブラウニーを頼んだ。こういう時は違うものを頼んで、味の共有をするのが普通なのかもしれないが、食べたいものを食べる!それが私の流儀だ。
「どうだった?」
「んー…抽象画が多かったけど、作家さんの色使いが素敵だと思った!赤とか白なんかさ、ほら近くで見たら複数の色が混ざってて、それは「複雑な気持ち」を表現してるのかなーとか」
「もしかしてno.29のやつ?」
「それ!…え!なんでわかったの!?」
「確かにあの作品は複数の色が混ざってて、まさに混沌!って感じに見えたけど、赤と白がなんか際立っていたというか、」
「そう!」
「高野さん、結構見入ってたから、それほど惹かれたのかもしれないね」
「…すごいよ、八田さん」
私はブラウニーを食べようとしたその口が、高野さんのこの言葉によって阻止される。私はフォークに刺したブラウニーを皿に置いた。
「八田さんって、私が言葉にできない気持ちとか、モヤモヤしたこととか、こうやって言語化できるの素敵だと思います。やっぱり、八田さんと来て良かった」
「ええ!そんな!ありがとう!言い過ぎだよ!もしかしたらこうかもなって思っただけさ!」
嬉しすぎる。高揚感でいっぱいだ。誰かに褒められるってこんなにスッと入ってくるものだったのか。
「また、行きましょうね。八田さんの紡いでくれる言葉。好きですよ」
……
解散前、この街の路地を散策していた。人通りのない。裏路地。こういう場所に行くと、知らないものとか、初めて見る世界に浸れて知的好奇心が刺激される。これもお互い把握済み。微かに聞こえる車の音、しかし風で揺れる木の葉や、二人の足音、鳥の鳴き声がそれを中和する。夕焼けがみかんのように優しく、愛されるような色の光が包んでくれる。二人っきり。
二人っきり。
なんか、妙な雰囲気じゃないか!?
いや、変な気は起こさないが、なんか、その、良い感じじゃないか!?
「写真撮りませんか?」
「良いですよ!」
私たちは二人で自撮り写真を撮った。最初は二人で行くのが初めてと言って緊張していた高野さんがここまで打ち解けてくれたのがとても嬉しかった。
「あの、」
「はい!」
「……別れたくないです」
「僕もまだ帰りたくないですよ!でも、高野さん明日授業あるから…次のデートの予定決めますか?」
そう言い終わると高野さんが
「キスしたいです」
「……へ?」
思考が追いつかない。今俺、変なこと言った?写真撮って、帰りたくない旨を聞いて、次のデートの予定を決めようって言って……
「俺、なんか変なこと言った?」
「言ってないですよ!!その、好きだから…ほんとに!…好きだから」
微かに紅潮した高野さんのほっぺは、夕焼けの優しさに撫でられ、綺麗だった。
「キスは…その早くない…かな?」
「……嫌いですか…」
「そんなこと言ってないよ!ただこういうのは段階を踏んでって」
「なら今日のデートは一段目ってことなんですか?」
「いや…そういうことじゃ、」
「ごめんなさい…無理強いして。私、おかしいですよねやっぱり。でも今日は本当に楽しかった。あと…嬉しかったし。またデートしようね」
悶々とした気持ちが私の理性によってガードされる
「じゃあ、次の予定決めちゃおっか」
言わないと、ここで言わないと。
「好きです!!」
「え!?」
「僕も好きです!だから…チューしましょ!」
「えぇ!?無理してない!」
「本気です!高野さんめちゃかわいいから!」
「あ、ありがとう!」
自信がハリボテから変わった瞬間だった。
「じゃあ、しましょう」
「は、はい…」
17時40分。この時間で行われた私たちの行為は、きっと生涯忘れることはないだろう。
お互いの唇が近づく。その時の私は無心だった。少しの静寂の後、柔らかい肉厚が唇に触れる。高野さんの言葉にならない声が耳に届く。
–これが、キスか
やっぱり甘美だった。甘く、そして心地よい。私の体は徐々にポカポカしてきた。内側から温かく感じる。心がおっとりしているのだ。その温かさは腕から手、太ももから足の甲まで感じた。こんなにも温かいものだろうかと、じっくり味わっているが…
長い…10秒以上経ってる。
私の体の中はどんどん熱くなり、それは温かいじゃ収まりきれなくなってきている。そんな異変が起きている私を、夕焼けの優しい光が避けているのか、内側の熱さしか感じない。恐怖。恐怖。死ぬかもしれない。
バッ
トットッ
軽く押したつもりが、力を出してしまい、高野さんを後退りさせてしまった。
「何をした!!」
当然の言葉だ
「だから、チュー…」
「俺の体の中に何を入れた!」
すると高野さんの顔が少し曇った。
目を合わせてくれない。
夕焼けは時間と共に弱まり、半透明になった光が妙な雰囲気を照らす
「八田さんが私の気持ちや、モヤモヤした気持ちを言語化したり、自分で変だと思ってたけどそれを受け止めてくれたことが嬉しかった。だから、八田さんのこともっと知りたいし、私のことももっと知ってほしいって思って」
「何が言いたい」
「私、核爆弾なの」
核爆弾。
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