第3話


案の定、お母さんは出勤というのをしてこなかった。

色んな人に囲まれて、ヒソヒソもなく言われるのは


「リカちゃんって、子ども好きって言ってたのに…」

「可哀想」

「ママがいるなら安心」




可哀想…か



本当は、甘えたかった。


僕は10歳。誰にも甘えたことがなかった。



学校というのを、知らない。


通ったのは小学校2年までで、時折学校の先生が来てくれたが、お母さんは跳ね除けた。


唯一、楽しみだったのは給食だった。

お腹いっぱい食べられる、幸せな時間だった。


だけど、僕に友達はいなかった。



「お友達なんてね、裏切るんだから必要ないの」


って、お母さんが言ってたっけ。



友達って裏切るものなの?


友達は、必要ないの?




誰も教えてくれない。


僕は…






僕は、お母さんに必要と、されたかった。


「偉いね」

って、頭を撫でられたかった。


褒められたかった。




お父さん…は、顔がわからないから、僕にはどうすることも出来ないんだけど。


お母さんは、傍にいてくれると、そう思っていたのに。








「帰るわよ」




恵美子さんが言う。


僕の…帰る場所って、あるのかな。


「ほら、握って。」


「…うん」


久しぶり…いや、初めてかもしれない。

人の手を、温もりを、ちゃんと感じた。


「恵美子さん、あったかい」


「ふふ、ありがとう。お酒呑んだしね」


てくてくと、繁華街を歩く。



ぜー、ぜー


僕は歩くことが苦手で、肩で息を吸って吐いて、苦しい。



「奏多君、苦しい?大丈夫?」


「う、うん…なんか、歩くの慣れてなくて」


「…家以外は出ないの?学校は?」


「行ってない…」



これは大変だ、と言わんばかりの顔をしている。


「…考えが変わったわ。リカのところには絶対戻さないように私も考えるから。奏多君は約束できる?」


「何を?」


「これから、児童相談所に行くの。恵美子さん、何も出来ないけど、奏多君の選ぶ道は作ることができる。学校もまともに行ってない、歩くのも一苦労…恵美子さんはね、奏多君に幸せになってほしいから。


今日だけ家に泊まって、明日、行こうか。」


「じどう…そうだんじょ?」


「そう。ご飯も寝るところも、あるから…ごめんね、恵美子さん、何も出来ないって思ってしまったけど、これだけはできるから」


「う、ん…」


「何が食べたい?」


「…カレーライス」


「わかったよ、作るわね。」





人とは、重荷になると逃げるものなのか

人とは、愚かなものだ


数年後の僕は、そう思うだろう。

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