15話
「じゃあ、2人組つくって各々の記録をとっていくように」
今日の体育は体力テストだ。先生は記録用紙を配ると一部の人にとっては将来トラウマになるであろう呪文を唱えた。今回も私は先生が記録をとってくれるか、運の悪い2人組が3人組にされるのだろう。慣れっこだ。
「あのう、渡良瀬さん、相手決まってないですか?もし良かったら私と…」
「あ、えっと、はい。じゃあ…」
声をかけてきたのは石水さん。同じクラスになったのは初めてだったし、そもそも人とほとんど口を利く機会のなくなった私は初めてこの時彼女と会話した。クラスでの彼女は控えめで口数も少なく、私ほどではないが人とのかかわりが少ないように見える。部活動も多分やってない。でもそれだけだ、何も悪いことをしたわけでもない。それでも…。
「あれ~?渡良瀬さん、また一人で何にもないところに話しかけてな~い?」
「知らないの?渡良瀬さんはお化けや幽霊が見えてるんだって~」
「あ~そうだった!あ、でも私にも見えてきたかも~!いるいる、ぶっさいくで無駄に乳のでかい女が!」
いったい何が原因なのだろう。何が彼女たちをそうさせるのだろう。ただ、反撃されないから、ストレス発散になるから、それだけなのかもしれない。本当に人間なんてろくでもない。くだらない。消えてしまえば、死んでしまえばいいのにと当時はよく考えていた。
「ごめんね、私のせいで」
「え、全然石水さんのせいなんかじゃ…」
「あの子たち、きっと何か寂しいことが、辛いことがあるんだろうね。誰かを攻撃しないと自分を保てないんだよ」
***
本気でそんなことを思っているのか、当時の私はすっかり荒んでいて石水のことさえ訝しんだ。本心はどう思っているのかとか、私のことを内心見下しているから、気安く声をかけることができたんじゃないかとか。愚かだったと思う。私が心を開いていればもう少し違う中学時代もあったかもしれない。
だから駅でばったり石水さんに会えたこと、元気そうな彼女の姿が確認できたことは素直に嬉しかった。自〇を決意し実行してしまった同年代の女の子の霊が、その瞬間を繰り返すのを見てしまい落ち込んでいる時だったから、なおのことだった。
***
「渡良瀬さん大丈夫?」
「真夜ちゃーん、生きてるかー?」
今日の体育は体力テストだ。整列すると背格好の近い渡辺さんが隣になるので、2人組は渡辺さんとすぐに組むことができた。おかげで2人組がトラウマになる確率はぐんとさがった。体力テスト、特に持久走は一生トラウマかもしれないが。
「だ、大丈夫だよ…。次…渡辺さん、がんばって」
「うん!」
「真夜ちゃーん!私の華麗な走り見ててねー!」
「音色のペアあたしなんだけど」
スタート地点へ向かう渡辺さんと音色ちゃんを、いつの間にか隣に陣取っていたクラスのマドンナ…は古いので、マドンナ改めクラスの一軍の吉祥さんと見送る。
「はあ~疲れたね真夜ちゃん」
「あ…吉祥さん…も、お疲れですか。顔色があんまりよくないような」
「ちょっとね、寝不足でさ。あ、今、パパ活してるんじゃないかって思ったんでしょ~?」
「ええ!?思ってない!思ってないです!」
持久走の後半組が走り出す。先頭集団に渡辺さんも音色ちゃんもついていく。強い魔法少女になるべく鍛えてきた渡辺さんはともかく、音色ちゃんも体力テストで各種目高得点を出している。音色ちゃんは2物も3物も持ちすぎではないだろうか。この前のテストも高得点だったし、顔も頭も偏差値高いのはずるではないか。今走っているのだって、
「音色ってさ…」
唐突に名前を出され、つい目で追っていたのがばれてたのかとビビりながら声の主の方を向く。
「なんか、ユーレイ?お化け?みたいの見えるっていうのさ、あれホント?同じオカルト研究会でしょ、なんか知ってる?」
吉祥さんは何やら真剣な面持ちで、話題に挙げたオカルト少女を目で追ったまま続けた。
「ほ、本人はそうだって言ってるけど…」
「うん、そうだよね。そんな感じだよね」
音色ちゃんのオカルト不思議ちゃんキャラはとっくに浸透していて、今更話題に出す人も減ってきていた。そういう理由で音色ちゃんを馬鹿にしたり、いじめたりなんてことはないだろう。そうなると、音色ちゃんに何か怪異について相談でもあるのか。入学初日から何かあれば相談するよう本人が言ってたし。
もしそうだとして、自分も見えるから何かあれば相談に乗るなんて、一軍の女子に打ち明ける勇気は今の私にはまだなかった。
「ごめん忘れて。何でもないから。そういえばワタワタコンビはずっと苗字+さん付けだよね、何で?」
「わたわた…?」
「渡良瀬と渡辺で、ワタワタ」
「あ、なるほど。な、なんとなくというか、それがもうあだ名みたいな?」
「へー、もしかして名前覚えてないか、実は仲悪いかと」
「名前は、こ、コハクちゃん。仲は良いと私は思ってて、こ、この前映画一緒に見に行ったの」
「ふーん。あ、じゃああたしは?アタシの名前覚えてる?」
「吉祥…ザクロ…さん」
「え~、ザクロちゃんて呼んでくれないの~?」
「え、えと、ざ、ざく…」
ちょうどその時、先頭集団が2週目に差し掛かろうとしていた。
「ザクロー!私の真夜ちゃんに手ぇ出すなー!」
「うるせぇな!余裕あんならもっとスピード出せ!早く帰んないと、とっちゃうよ~」
煽られた音色ちゃんはスピードを上げ、結局陸上部の次にゴールしてしまった。
***
放課後になり私は生徒会室でオカルト研究会のメンバーと集まっていた。信楽先輩はほかに用があるということで、音色ちゃん、蝉川さん、そして私の3人だ。私は先日出かけ先で見てしまった自〇を繰り替えず女の子の霊の話をした。正直聞いてて楽しい話ではないし、話すか迷ったが、何かあったであろうことを目聡くも察知した音色ちゃんに促される形で2人に話すこととなった。
以前なら1人でやるせない気持ちを抱え込んでいた。こうして共有してくれる人がいることで、幾何か気持ちが楽になった。
「それは、災難でしたね。死ぬ直前のことを繰り返す霊がいるといいますからね。ずっとそこに縛られてしまっているんでしょうね」
「私に何かしてあげられること、あったのかな。成仏できないのかな」
「あんまり気持ちが落ち込んでると、助けてあげるどころか、逆に引き込まれちゃうよ?」
音色ちゃんのいう通りだ。私が負の感情を抱くのはよくない。そういうのを呼び寄せたり、蒼美のように新たな怪異を生み出してしまうかもしれない。幸い蒼美は聞き分けがいいが、次はどうなるかわからない。
「ほら、アタシとクロエちゃんが鏡の世界から脱出して意識なかった時、真夜ちゃんが活入れたら意識戻ったでしょ?ある程度悪いものを自力で祓えるようになったんじゃない?もしかしたらこの先、祓うのはもちろん、成仏させてやれるまでになるかもよ」
確かに以前までの怪現象に対して何もできないままの自分ではなくなっているのには、自分自身気づいていた。
(
そんなことを信楽先輩も言っていたっけ。そうだ前向きでいよう、自分を信じよう。何故だか持って生まれた私の体質が、誰かの、何かの役に立つと。
「では皆前向きに生きていこうってことで、そろそろお開きにしますか!」
「アタシちょっと用あるから、じゃね」
そういうなり音色ちゃんは足早に生徒会室を出て行った。
「なんでしょうあんなに急いで。はっ!?もしかして彼氏さん!?」
確かに可愛いし、色々ハイスペックだもの、噂でも聞かないし本人も言わないが密かにいてもおかしくはない。
彼氏ねえ。私には縁のない存在だな。友達と思える存在がいるだけ、以前の自分からしたら大躍進だ。私は現状の高校生活に満足していた。
もう、自身の命を絶ちたいだなんて、考えることはないだろう。
***
オカルト研究会のメンバーと別れ、駅前のファーストフード店へやってきた。
「音色、こっちよ」
先に入店していた連れに呼ばれ席に着く。ずいぶんとお疲れの様子だ。部活帰りだから、というだけではなさそうだ。今日は日中からあまり調子がよくなさそうだった。
「悪いね。付き合ってもらって」
「いいって。いや~私のオカルト設定、皆も、ザクロも忘れてるんじゃないかって思ってたよ。で、相談したいことって何?」
「うん、あのさ…呪いって本当にあるの?」
相談者は、吉祥ザクロは真剣そのものだった。雑談したくてアタシを呼んだのでは決してなかった。彼女の中ではすでに確信していて、あとは確認をとるだけといった感じだ。
「あるよ」
「そっか。それってやっぱり死んだ人間が、生前の恨みを晴らそうとして?」
「うーん、それもあるし、生きている人間の強い気持ちとか、言霊って言ったらいいのかな、そういう呪いもあるよ」
最近で言えば真夜ちゃんの人形がそうだ。あの子の思いが、言霊が、人形に力を与えた。今でこそ主の心境の変化の影響か、おりこうさんにしているが立派な呪いの人形だ。
「じゃあさ、今あたしが呪われているかって分かる?」
ザクロは怯えた目でアタシに問いかける。
「そういう邪悪な力は感じないけど」
アタシより霊感の強い真夜ちゃんなら何か感じただろうか。今日オカルト研究会が集まる時に生徒会室に来ることを提案したが、ザクロはアタシと2人きりで会うことを希望していた。
「何か思い当たることがあるの?」
「…中学の友達が、その…死んだ子が化けて出るって言ってて。お化けとか信じるような子じゃなかったのに、最近様子がおかしくて。学校にも行けてないみたいで、おびえた様子で電話してきたり、SNSでも…」
「その子が呪われてて、呪いが伝染してくるんじゃないかってこと?」
ザクロはうつむいて、それから観念したように話し始めた。
「その子の死には、自〇には、あたしも無関係じゃないから。絶対恨まれてるはずだから。よくないって分かってた。でも、自分が標的になるのが嫌で…」
「…そうなんだ。オカルト抜きにしても、確かに話し難いね」
「次はあたしの番なんじゃないかって思うと、怖くなっちゃってさ。最近は夜もあんま寝れてないんだよね」
道理で調子が悪いはずだ。呪いだの関係なく、このままではザクロのためによくないだろう。今アタシにできるのは、励ましてやることだ。
「今は呪われてもないし、なんかあったらまた相談してよ。考えすぎもよくないよ。でも、後悔してるなら、その気持ちは忘れちゃだめだよ。今日は話してくれて、ありがとう」
「うん…。自〇なんて、テレビの中、お話の中の出来事で、どこか他人事だったんだよね。自分で自分を〇すなんてさ、想像つかなかった。今さ、クラスのだれとでも仲良くしようと頑張ってるんだけどさ、罪悪感っていうか、罪滅ぼしのつもりっていうか、なんというか。取り返しつかないのにね」
「
***
私は蝉川さんと別れ、帰路に着いていた。桜並木の美しかったこの道も、すっかり毛虫の出現ポイントになってしまった。
「おーい、渡良瀬さん!」
歩道に落ちてしまった毛虫たちとのエンカウントを避けながら歩いていると、前から呼ぶ声があり視線を上げた。
「あ、石水さん、どうして?」
「友達のところに遊びに来てたの。渡良瀬さんはこの辺に住んでるんだ。引っ越したってこの前言ってたもんね」
そうかよかった。石水さんも高校では友達ができたんだ。髪型が変わってたのもあるけど、この前会った時すぐには気づけなかったくらい雰囲気が変わった。きっと今が充実しているのだ。
「そうだ、せっかくだし連絡先教えてよ。この前聞きそびれちゃった」
「う、うん!そうだね」
私のSNSも充実してきたなあと感慨深く携帯を眺めていると、ぼとり、と何やらトゲトゲしたものが画面に落ちてきた。
「ぎゃあ!?」
「わあっ、毛虫!」
日の伸びてきた黄昏時の中、女子高生の悲鳴が葉桜の並木に響いていた。
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