第2話

 直樹の一撃により、黒い狼は光の粒となって消えた。

 その瞬間を合図にしたかのように、周囲から次々と魔物が現れる。


「来るぞ!」

「囲まれるな、散開して戦え!」


 仲間たちの声が響く。剣を振るう者、槍を突く者、弓で援護する者。恐怖に震えながらも、皆必死に牙を食いしばり応戦していた。


 狼は一体倒すごとに黒煙を散らして消えたが、その数は減るどころか増しているように思える。


「うおおおっ!」

「よし、倒した!」


 仲間の剣が一閃し、また一体が消える。

 全員が必死に武器を振るい、次々と狼を倒していった。


 試験官は遠巻きにその様子を眺めながら、静かに呟いた。


「……今回は豊作だな。」


 直樹は息を荒げながら、迫り来る一体に剣を叩きつけた。刃が光を放ち、狼を真っ二つにする。

 だがその瞬間、足元に嫌な感覚が走った。


「――え?」


 地面が音を立てて崩れ落ちた。


 叫ぶ間もなく、直樹の体は暗闇へと吸い込まれていく。

 背中を強かに打ちつけ、土煙を巻き上げながら転がった。


「っ……いって……」


 よろよろと起き上がった直樹は、すぐに異変に気づいた。

 そこはさきほどの“試験場”の森ではなかった。


 空気が違う。

 重苦しいほど濃密で、肌を刺すような圧がある。

 視界の端では黒い霧が漂い、どこかで低い唸り声が響いていた。


「……ここは……アンノウン?」


 だが、訓練用に造られた“人工アンノウン”ではない。

 誰にも制御されていない、天然の――**自然アンノウン**。


「っ……マジかよ。」


 背後を振り返ったが、崩れ落ちた天井ははるか上。戻る道は塞がれている。

 這い上がるのは到底不可能だった。


 ならば――生き延びるために安全地帯を探すしかない。


 直樹は剣を握り直し、慎重に周囲を見渡した。

 森を抜けた先、岩造りの建物が見える。古代の神殿のような姿。瓦解しかけてはいるが、雨風をしのげる程度には形を保っていた。


「……あそこまで行くしかないな。」


 遠くから獣の咆哮が轟いた。背筋が凍りつく。

 走るしかなかった。


 息を切らしながら駆け抜け、石の階段を飛び上がる。建物の壁には穴が空いており、直樹はそこに身を投げ込んだ。


 中はひんやりとしており、わずかに苔と土の匂いが漂っていた。

 外から再び咆哮が響く。低く重い音が、壁を通して胸に伝わった。


「……出られそうにないな。」


 直樹は背中を壁に預け、息を整えた。


 ――その時だ。


 奥から“黒い煙”のようなものが漂ってきた。

 いや、煙ではない。人の形をしていた。


 直樹は思わず目を凝らす。

 それは確かに人の輪郭を持っていた。肩、腕、脚。黒いもやでできた人影。


「……人?」


 直樹は安堵の声を漏らし、思わず手を振った。


「おーい!」


 声が洞窟のように反響する。

 直樹は駆け出した。助けを求めるように、期待を込めて。


 だが、距離が縮まるにつれ違和感が強まる。

 黒い輪郭は一度も動かない。ただ立ち尽くしているだけだ。

 その“顔”にあたる部分には、目も口も何もなかった。


 直樹が立ち止まる前に、それはヌッと手を伸ばした。

 黒い霧で形作られた腕が、まっすぐに直樹の胸元へと。


「――っ!」


 逃げなきゃと思った。

 だが、足はすくんで動かなかった。

 恐怖に支配され、体が鉛のように重くなる。


 そして。


 冷たい感触が胸に触れた瞬間、直樹の視界は闇に覆われた。


 地面に崩れ落ち、意識が遠のいていく。

 最後に浮かんだ思考は、ただ一つ。


 ――死んだな。


 暗闇が直樹を飲み込み、すべてが途切れた。

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