一章/空の空
銃の代役
「最近うちの周りでうろちょろしとんなぁと思ったら、お前か」
心底面倒くさいという顔で、長身の男が俺を見下ろしてくる。
「どっかで顔みた奴が探り入れとるなぁとは思ってたが、誰の指示だ。お前の店主んとこで今日酒飲んだぞ?なんなら探り入れてるやつがおるって相談もした。あいつならへらへら笑って釈明してくるだろ。勝手にやってんのか?」
特に圧をかけられている訳でもない。本当にただ事実確認をされているだけだ。探っている時に見つかり追い立てられるのも、組織のボス直々に俺へ話を聞こうとするのも想定外だが、けじめを取らされるというよりは何故こんなことをしたのかという疑問が強いらしい。不幸中の幸いだ。
「お、れは……お前らが、なんで銃もないのに今まで通り幅を利かせれるのか気になって、」
「は?……あー、そういうことな。まぁ、そりゃ気になるか。」
最近、治安維持だとかで銃剣法なんてクソみてぇなもんができた。この世界には、魔法やら神秘やら科学やら、裏でゴミを漁る生活をしている連中には理解もできない、使うことの出来ない技術が蔓延っている。逆に、その技術を楽々扱える人間共は考えた。"コレ"だけを自衛の手段とし、未認可の銃剣全てが使えなくなる結界で国を覆う。そうすれば、神の慈悲を与えられた表の人間だけが、戦闘力を持ち自衛することができる。裏の人間は、何も出来なくなり治安が良くなる。
意味のわからない結界のせいで、未認可かつ悪意を持って振るわれる刃物は全て鈍に、銃火器は引き金を引いてもうんともすんとも言わない鉄屑になった。なのに、なのに!!
「お前らは、どうやって表の人間共から金を回収してんだよ!?おかしいだろ!!うちのボスは呑気に酒場経営にうつつを抜かしてるってのに!!」
叫んでも、目の前の男は苦笑するだけで何も言わない。当たり前だ。
規制だらけのこの世界で前と同じように、それどころ他組織は力を失い、自分の組織だけはいつも通りのこの状況を打破する知識を、他組織の下っ端になんぞ教えようと思わないだろう。さぞ、楽しいだろう。シマ関係なく好き勝手に薬を売り捌き、裏表関係なく闊歩する今の生活は。
相手が巨大組織のボスなんてことは最早関係なく、無意識に拳が相手へ飛ぶ。相手は、それを横に軽くズレるだけで避ける。が、勢いのまま避けた方向へ拳を付き出そうとし、固まる。
「は?」
ここは、裏路地だ。雑多ビルが無数に建てられこの辺に住んでいる人間ですら夜に入り込めば迷ってしまうような見通しの悪い道。見上げたところで、建ち並ぶビルたちが視界を狭めてくる。そんな、合流するのも一苦労の場所で。
あまりにも不釣合いな、可愛らしいワンピースを着こなした少女が、空から男の腕の中へ落ちてくる。
意味が、分からない。上から降ってきたということは、どこかのビルの屋上から飛び降りたのか?それも、こんな入り組んだ場所で、目の前の男の腕の中へ、ピンポイントで??俺が呆けているのも気にしないのか、男は困ったように少女へ話しかける。
「おっと。……お前な、アジトで大人しくしてろと言っただろう。」
「居た方が後が楽だからと言っていただけたので、部下の方のご厚意に甘えました!みなさん優しいですね。」
「甘えるな。俺の部下の提案じゃなく俺の命令をきけ。」
「はぁーい。」
「まぁ今に関しては好都合だ。喜べ、お前が知りたがっていた銃の代わりだよ。こいつが」
「……いや、ただの女の子だろ。まさか、表の奴らが使ってる得体の知れない力をその子が使えるって?その子を誘拐して武器にしてると??」
そんな極悪非道で倫理観の何も無いことを、と思いかけて留まる。極悪非道で倫理観もないから、男はこの国でずっと裏の世界を回してきたのだ。きっと、これくらいするだろう。
「俺をなんだと思っとるんだお前は。この間適当に抗争して半壊させた組織が和解の品に持ってきたんだよ」
「変わらねぇじゃねぇか!?いや、思ったよりよっぽどタチ悪いだろ、抗争の和解品が人間とか、」
「俺別に前線にだそうなんざ思っとらんかったし、若い連中が使いたい言うからこうなっとるだけであってなぁ……。あ、ついでに言っとくが、こいつ人間でもないぞ。」
「は??」
投げられた言葉に困惑し、男の腕にいる少女を、頭から爪先まで眺める。
裏に住んでいるとは思えない整えられた髪に、闇なんて覗いたことのなさそうな澄んだ瞳。15、6に見えるすらりとした、それでいて成長途中特有の色気を漂わせる。表の奴らが信仰している神が女を作ったらこうなるのだろうかと思うような、絶世の美少女。どこからどう見ても、人間だ。
「わからんよなぁ……ま、そんなことは後でいいとして。お前、どうすんだ?」
混乱しているところに、別の燃料が追加される。どう、どうする、とは?
「お前のとこのボスに尻拭かせるか?これに関して言や、疑問も大して気にはせんが…………いや、探るなら、せめて裏だけで完結した方が良かったと思うぞ」
「なに、を、」
「教会の近くで喋ったろ。俺らが銃剣を使えなくなったのに弱体化しねぇどころか、いつも以上に幅を利かせてるって。」
「だから、なんだよ、?」
「国を丸々覆うような結界を張れるコストの採算戻れねぇアホ共が、教会近くでそんな話するやつの後をおわないわけがねぇだろって話だよ。言ってりゃほら、来やがった。」
困ったように男が笑い、指を指した方向から複数の足音が聞こえてくる。こいつの言う通りなら警察か、騎士団か、最近できたという魔術師団かその辺だ。後者二つなら、今から走ったところで逃げられるわけが無い。銃剣を奪われた俺は丸腰だからだ。
ガタガタと震える俺の横で、状況を分かっているはずの男が余裕そうに思案する。
「あいつらはこれを見越してお前を連れてきたのかもなぁ」
「私の出番ですか?」
「不本意だが、そうなるな。お前、震えてる元気があるならとっとと逃げ……あー、いや、無理そうだな。仕方ない。ここで迎撃するぞ。」
「了解、ボス」
逃げようにも、捕まるかもしれないという恐怖で座り込むが、そんな俺の横を通り過ぎ、少女を抱えたままの男が、にやりと笑う。
「良かったなぁ、お前。探りを入れた成果が目の前で見れるぞ。こいつの使用料は、お前の店主にきっちり請求するが。……【空の空】」
少女が、極東の刀を抜くような仕草をすれば、どこからか長杖が現れる。
ミルク色の飴を煮詰めたような不思議な色をした木材に、魚の鱗にも似た光を反射する宝石が着いた、豪奢な筈なのに吸い込まれそうな、儚い気配を放つ杖。
杖が振るわれ、男が呟いた謎の言葉が、力を持つ。
「【空の空 一切は、空である】」
「う、!?!?!?」
その瞬間、建物の影から飛び出してきた騎士団の人間たちへ虹色の光が叩きつけられる。先頭に立っていた奴が何かを叫びかけていたが、それこそ動くなとでもいいたかったのだろうか。理屈的には、男も少女も、殆ど動いていなかったが。……あぁ、さっき言ってた人間じゃないは、こういうことか。
「その女の子自体が、神秘を扱う杖なわけか。」
自分の中で出た回答に酷く納得して、ついでとばかりに俺へ少女を向けてきた男へ、力無く笑うことしか出来なかった。
――
「バレちゃいましたね」
「店主には伝えてあったし、大した問題じゃない。気にするな。」
気絶した馬鹿を小脇に抱え、地面に降りた少女の頭へ手を置く。抱えてるやつがいなけりゃ抱き抱えたままで居られたというのに。
「その方はどうするんですか?」
「どうするも何も、バーに投げ捨てるだけだ。部下にでもやらせるさ」
「……んー」
俺としては当たり前のことだったが、少女は困ったような顔をする。一体何が不満なのか、目を合わせれば遠慮がちに口を開いた。
「ほかの気絶させちゃった人たち、風邪ひきませんかね?今冬ですよ。」
「そんなことか。それこそあんな大層な鎧を着てるんだ、回収されるまで寒さなんて感じないんじゃないか?」
「……たしかに。雪も降っていませんし、水の中でもありませんもんね。」
「街中だからな。優しい割に、俺が撃てっていったら撃つんだから不思議なもんだ。」
そう問えば、それこそ不思議そうに少女が、
「当たり前じゃないですか。だって私、歩行を支え、魔法を撃ち、倒れた方向で道を示すだけの、ただの杖ですから。」
ふんわりと、未練も何も無い俺の杖が、そう笑った。
ギャングは聖杖を装備してるらしい わたぬき @saiunaira918
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