ギャングは聖杖を装備してるらしい

わたぬき

プロローグ

聖杖作成

 娘が、息絶えている。


 明日になれば、國の奴らに遺体すら連れて行かれてしまう。國を守る結界を作る儀式中に真冬の湖で、急死したから。禁足地で死んだ巫女だからだ。

それだけの理由で、次は儀式なんかではない確実な方法を取れる。聖域で死んだ人間を砕いて、結界を張る式を使ってしまえば、神秘の國なんて呼ばれるこの島を守ってしまえる。

 元々土台無理な話だったのだ。どんな人間が雪の中、冷水の湖の中、半日も祈祷ができるというのか。誰もできるなどど思っていなかったのだから、人一倍使命感があった娘を、俺が止めればよかった。そうでなくとも、俺があの時引き受けていれば、こんなどうしようもない世界に娘は踏み入れないですんだ。だが、俺が引き受けなかったから娘が生まれ、妻は死んだ。俺が、逃げなければよかっただけの話だった。

 だが、最善でなくとも、最悪を回避したいと、そう思うから。

 

 娘よ、妻よ。どうか、許して欲しいなどと虫のいいことは言わない。


 お前達の身体を弄ぶ俺を、どうか、どうか恨んで欲しい。

 



 娘の腹を切り裂き、臓物を傷つけないよう注意しながら、骨を引っ張り出す。嫌な汗をかきながらも、未知の素材に心が踊ってしまうのは、刀鍛冶の性だった。

 巫女の身体が、髪が、爪が、骨が、臓物が、いかに貴重なものか。神職の人間を切り裂く者など、それこそ生贄にするか術式の媒介にする人間くらいだろう。刀鍛冶なんて、争いに手を貸すだけの人間に手が出せるものではない。

それでも、こんな糞みてぇな國に愛娘の身体を使わせるくらいなら俺が全て台無しにして、この國を守るどころじゃすまない最高のモノを作ってやる。

 いずれ滅ぶ國を守るなんざちっせぇ次元じゃなく、世界を救うような、それこそ本物の神様のような。


「(確か西洋には、世界を創造したっつー神様がいるんだったか)」


 手が伸び、遺体の傍らに置いておいた娘の大幣を握る。確か西洋では大幣ではなく杖を振って五行を操るらしい。この國の人間には絶対に出来ない芸当だ。だからこそ、そうしよう。あんな奴らにも、俺にも使えない物を。

 大昔に行商人に見せられた杖を思い出し、組み上げていく。娘ほどでは無いが、神職の家系の端くれだ。不可能は可能に変わるのだから、骨を骨に見えなくすることも、侵食させることも出来る。

 俺が打ってしまえば、骨は色味だけが残りただの頑丈な棒と遜色なくなった。あまりにもあっけなく、物質は変質する。


 背骨は、ただの棒になる。胸骨は、その棒を守るような装飾品へ、利き腕は砕き丸めれば宝石のように光り輝き、もう片方の腕は宝石をはめる台座に。

変わり果てた部品を組み合わせ、補強してやれば美しい長杖ができ上がる。誰がこの西洋でしか見ない杖の素材が、極東の巫女の骨だと思うのだろうか。俺ですら、これを見て娘を想う自信が無い。そういう風に作ったのだから、当たり前だ。

 当たり前なのだから、今更泣いてはいけない。

そう思うのに、なぜ涙が溢れるのか。泣いている暇など、もうないと言うのに。

木偶の坊のように泣いていたいのは山々だが、ここまでやってしまったのなら、完遂する他ない。木製の箱に長杖を入れ、ふと思い立ち、紙を手に取る。これを手にする人間がどこの誰か分からないが、託す手紙くらいはあった方がいいだろう。

 一頻り書き殴った手紙を棺の中へいれ、娘が好きだった花を詰め込む。娘の葬式用に用意していたものだ。最初から娘の身体を切り刻もう等と考えていたわけが無い。こんな真冬の儀式で生き残るなんて夢物語だと思っていたからだ。だが、してしまったらもう言い訳でしかない。必死に自分の心に言い訳をする思考に笑ってしまいながら箱へ蓋をし、妻の墓へ走る。

 老体に堪えるだとかそんなしょうもないことを思い気を紛らわせながら、着いた途端に墓を掘り返す。悪いとか、申し訳ないだとか、そんなごちゃごちゃとした感情を押し殺し、腐敗していた棺の中から背骨、胸骨、両腕の骨を引っ張り出す。葬式の際、灰になって欲しくないと娘が泣きながら妻の体に保護の術式をかけていたことが、こんなことになるなど誰も思っていなかっただろう。安らかに眠らせてやることも出来ない夫で、本当にすまない。

 謝罪しながらも手はとめず棺を閉め、娘がかけていた保護術式も解除する。もうお前は天に上っているだろうから、骨であろうとここに残らせていくのは可哀想だ、なんて。墓を暴いた人間とは思えないことを思いながら埋め直し、帰宅する。あと、もうひと踏ん張りだ。


 切り開いた娘の身体へ、妻の骨を加工しながら入れていく。妻には神秘を操る力なんて微塵もなかった。そんなところが好きになった。神職なんざ興味がなく、刀を打っていたかった俺をそのまま全部愛してくれた、そんなお前が好きだった。

 神秘ってのは複雑なようで単純で、何か一つ組み変わっただけで機能不全を起こす。たとえ肉親だろうと、骨が大体数変わったら、奇跡なんて起こせない。不正を神は見逃さないからだ。

 しかし、人間は見破れない。もう話さない巫女の中身が、半分以上母親と置き変わっているなんて、考えもしないだろう。気づいたところで、どうしようもないが。

 骨を入れ終わったら、切り開いた娘の腹を繋ぎ合わせ、また加工する。繋ぎ目など見えないよう、糸の一片すら隠し巫女服を着せ直す。


 これで、表面上は元通りだ。あとは、あとは。

この棺に入れた杖を、どうしたものか。俺がもっている訳にはいかない。娘の体が結界の器として機能しないとわかった瞬間、俺が何か細工したことは見抜かれる。こんな足掻きは娘を利用されないための時間稼ぎでしかない。......あぁ、そういえば。


「船が、来ていたな」


 それも、俺が餓鬼の頃に西洋の杖を見せてくれた国の船だ。渡りに船とは、この事を言うのだろうか。

長杖が入った木箱を持ち、ついでに試作していた刀も何振か木箱に入れ、持ち上げる。もう走る必要は無い。刀鍛冶が納品することなど、日常のことだからだ。誰に疑われるわけもない。


 

「なぁ、そこの兄さん」


「オレか?」


「あぁ、お前だよ。俺は刀鍛冶をしとるんだが、どうだ、主神様への土産に、刀を何振か持っていってくれないか?」


 適当に持ってきた刀を一振見せてやれば、大柄の男が食いついてくる。刀は、神秘の國独自の文化で、未踏の地では高く売れると聞いていた。


「ハハッ、そういってぼったくる気だろう。もうその手には乗らない」


「あぁ、そういう奴もいるだろう。だが俺にも事情があってな、この四振り全てを貰ってくれるだけで構わない。もう一度言う、貰ってくれ。そんで、そっちの国で好きに売り捌いてくれ。」


 にこやかに伝えると、大柄の男の目の色が変わる。異国の地に未だ不安定な船で商売をしようと訪れるような人間だ、タダより高いものはないが、俺の刀という見ただけで品質が保証されているものを貰えるのなら、もうこれ以上は何も聞いてこないだろう。


「事情とはよっぽどのものだとみた。が、オレには何もリスクがない。有難く貰い受けよう。」


「あぁ、どうか丁重に売り捌いてくれよ」


 俺の言葉を聞いているのかいないのか、浮き足立った男は受け取った木箱達を意気揚々と船へ運んでいく。

これでいい。これでもう、俺のしたいことは終わった。


 俺の手元には何も残らない。欠けた娘と妻の遺体が、前者は何にも成らない儀式で食い潰され、後者は土に返って消えていく。加工した娘の骨が、異国の地で火を噴くところを、見ることは出来ない。俺がそうした。全部、この手でしたことだ。


 明日、欠けた娘の体を國が持っていき、十日もしないうちに俺が娘を切り開き、儀式を台無しにしたことがわかるだろう。どんなに長くとも、一週間生きていられたらいい方か。なら、まぁ。


「遺作に、もう一振り刀でも打つか」


 それこそ、異国の地に踏み入れる娘の門出になるような、そんな刀を。なんて、今更父親ぶっても仕方がないというのに。













 すぅすぅと、少女が精巧な長杖を抱き抱え、眠っている。


 それを、困惑した表情で見下ろす、少し言いづらい商売をする組織の頭領……有り体にいえば、ギャングのボスがいる。

 

 かの聖杖ができてから数百年くらい後。

神秘と魔法と色々が混合する世界で、聖杖を抱えたボスが裏社会でえっちらほっちら世界をひっくり返すような、しないような......そんな、お話。

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