本の壁と、初告白と、告白ラッシュ!!

 中学1年生のとき、好きになった同じクラスの女の子がいた。不良という言葉が適切かどうかわからないけど、ちょっとヤンチャしていた子で、女子不良グループの輪の中心にいるような存在だった。教室の座席も近かったこともあり、尚且つ給食のグループも一緒で、接する機会が多かった。笑ったときの笑顔が素敵で、気がついたらその子のことが好きになっていた。

 一方の僕はといえば、なんの取柄もない冴えない男子で、おまけに顔にアザまで在る。恋愛なんてものには縁がないと思っていた。彼女が欲しい、あの子と付き合えたらどんなに幸せな日常が送れるのだろう。そんなことを思いながら、あの子の笑顔が見たいがために、好きでもない学校に通っていた。

 学校は残酷だ。1つの教室に30人、40人(東京の学校だった。)と、無理やり大勢の生徒が押し込められて、生徒と生徒の距離は格段に近くなる。物理的にも精神的にも、だ。望もうが望まなくとも。僕はアザのことで何か言われないか、いじめられないか、毎日ビクビクしながら学校生活を送っていた。

 僕は休み時間中、よく独りで自分の机で読書をしていた。独りが心地よかった。読書で独り、本の世界に埋没し、そのまま何処かに逝ってしまいたい心情にいつも駆られていた。そんな僕を見かねたのかわからないけど、時々あの子が僕に向かって手を振ってきたり、振り向きざまにこちらをじーっと見てくるのだ。戸惑った僕は本を壁にして、決まってただ固まっていた。その子の色々な表情や仕草が堪らなく可愛くて、内心ドキドキしていた。何よりこんな僕を気遣ってなのか、接してくれるあの子には本当に救われる想いだった。

 あの子はクラスメイトに分け隔てなく、気さくに明るく接していた。そんなあの子はまるで光みたいで、僕にはとても眩しすぎた。本の壁越しに接するのがやっとで、会話も片言になってしまっていた。

 そんなある日の休み時間のことだ。いつものように本を壁にして、隔たった独りの世界に埋没していた。すると、何やら遠くでクラスメイト数名があの子を中心にして、こそりこそりと教卓で話していた。時折、視線のようなものを感じて、気になった僕は本の壁越しにチラッと視線を向けた。すると、「きゃっ!」と小さな悲鳴のような声を上げて、あの子が後ろを向いてしゃがみ込む姿を目にした。訳が分からず、困惑しながらも、また本で壁を築いた。

 しばらくまた独りの世界に埋没していたけど、また何やら視線を感じた。本の壁が瓦解していくようだった。そしてまた、瓦解しかかっている本の壁からチラりと視線を向けた。今度はゴニョゴニョと、言葉にならない言葉を発しながら教卓にあの子が突っ伏してしまった。まさか嫌われちゃったのかな。それとも、僕の好意に気がついて引いているのかな。どっと不安と恐怖が押し寄せてきた。

 それからというもの、僕は本の壁をより強固なものにした。あの子の視線や声を遠くから感じた。あの子だけじゃなく、一部のクラスメイトの視線と声まで感じた。強固な本の壁が、僕を守ってくれる。本だけが、僕を独りにしてくれた。

 特に、視線に晒されるということは、僕にとって不安と恐怖でしかなかった。これまで顔にアザが在るというだけで、好奇な眼で見られたり、蔑むような眼で見られてきた。アザを見て僕に悪意を向けた言葉を直接発したり、陰で悪く言われることが度々あった。黒べべっちというあだ名まで付けられたこともあったりした。その度に、僕は泣きじゃくっていた。そうした視線や声に晒されていく中で、次第と視線と声が内面化されていった。誰も見ていなくとも、誰かが見ているんじゃないか。誰も何も言ってなくても、誰か何か言っているんじゃないか。そんな不安と恐怖でいっぱいになっていた。

 だから、こうしてあの子や一部のクラスメイトに視線や声が向けられると、これまでのアザにまつわる経験が想起されて、本の壁がなければ不安と恐怖で身体が硬直してしまうのだ。いや、もしかしたら硬直している身体を周囲に悟らせないために、誤魔化すように本の壁を築いていたのかもしれない。どちらにせよ、僕は本の壁の中に閉じ籠った。独りの世界により一層埋没していった。この学校という世界から逃げるかのように。

 次第に周囲と精神的に距離が出来たように感じた。あの子も、このところ僕に接してこない。嫌われたのか、警戒されたのか、遠くからチラチラ見ているのはわかっていた。だけど僕は、本と向き合うことしか出来なかった。本という壁を作ることで周囲を拒絶していた。

 それから2週間くらい経ってからだろうか。独りで机で読書をしていると、1人の男子クラスメイトが近づいてきた。そして、僕の耳元にそっと声を発した。


 男子クラスメイト「○○さんのこと、どう思う?可愛くない?」


 本の壁が瓦解した。でも僕はとっさに、脊髄反射するかのようにこう答えてしまった。


 僕「普通じゃない?」


 あの子のことが好きだなんて、口が裂けても言えなかった。僕はただ、剝き出しになって裸同然になった自分自身を守ることに必死だった。それがきっかけなのかはわからないけど、あの子の話題を持って僕の机に来るクラスメイトが増え始めた。正直、当時は本当にクラスメイト達がそうしてくる意味も意図もわからなかった。

 そんなある日の放課後のことだった。仲のいい男子クラスメイトが一緒に下校しようと言ってきた。あれ、帰る方向真逆なんだけど。と、そんなことを考えていたら、いいからいいから!と、半ば強引に僕を連れて通学路とは真反対の道を歩き始めた。帰りが大変だな、と考えつつ雑談しながら彼の家の方角へと歩いて行った。

 途中、何だか迂回していることに気がついた。彼に聞いてみると、ちょっと話したいからさ、ということだった。他愛のない話を続けていた。すると、前方遠くに何だか見覚えのありそうな同じ学校らしき女子生徒が歩いていた。同時に彼の歩きも早くなるのがわかった。女子生徒との距離も近くなってきた。後ろの人の気配に気がついたのか、女子生徒が振り向いた。同じクラスのあの子だった。おもむろに手を振ってきた。彼は手を振り返したけど、僕は手を振り返せなかった。

 あの子の歩きが遅くなるのがわかった。これまで拒絶して離れていたものが近づくような想いだ。彼は何事もないかのように、側にあるベンチに座った。僕もそれに続いて座った。あの子もそれに合わせるかのように、ゆっくり歩いていた。そこで、ようやく状況をあらかた把握しきった僕に、彼は一言だけ声を発した。


 仲のいい男子クラスメイト「行けよ!!」


 僕は勇気を出して、あの子のほうへと歩き出した。でも僕は困惑し、混乱していた。一体何を話せばいいのか。本の壁もない、ありのままの、アザの在る僕がそこにいた。仮に話すとしても、周囲からどのように見られるだろうか。アザの在る僕が隣を歩いたりして、もし視線や声にあの子が晒されたらどうしよう。周囲には誰もいないのに内面化された視線と声に、僕は硬直してしまった。彼とは普通に歩けたのに!

 そんな僕の心情を知ってか知らずか、その子は立ち止まって横に上半身を少し傾けて、しばらく僕のことを見つめていた。僕が歩き始めると、少し離れたその子もまたゆっくりと歩き始めた。少しずつその子との距離が近づいていった。そしてまたその子が立ち止まり、振り向いて僕を見つめていた。ちょうど線路の踏切付近だった。僕も同じように立ち止まってしまった。線路沿いだから電車がよく通っていた。お互いにしばらく見つめ合っていた。

 電車の音で思考が鈍った。近づかなければ声は届かない。僕は思わずしゃがみ込んで、また立ち上がった。その子もまた嬉しそうにしゃがみ込んで、また立ち上がった。そんなことを4回は繰り返したと思う。今思うと、凄く恥ずかしい。その子が明らかに待っているのがわかった。踏切を渡れば僕の家の方角へ。そのまま線路沿いを歩いていけばその子の家の方角だった。まさに分岐点だった。

 僕は駆け出した。そして、その子の側で向き合った。開口一番、声を振り絞って言葉にした。


 僕「一緒に帰ろう!」


 もう、本当におバカ!そうじゃないだろ!完全にタイミングを逸したよ・・。その子を家まで送ることにした。一緒に帰ろう!って、僕の家はこっちじゃない・・。

 僕は踏ん切りがつかないまま、トボトボと考えながら歩いていた。その子はちょっとだけ前を歩きながらは、チラチラと僕のほうを振り向いてきた。待っているのがわかった。その子の今この時の視線は温かく感じて、その子の視線を感じているだけで、内面化された視線と声も周囲のそれも全く気にならなかった。歩きながら、2人だけの沈黙の時間が流れた。

 すると、唐突にその子が声を出した。


 その子「ここ、私の家。」


 2人で向かい合って、しばらくお互いに沈黙していた。その子は時折、僕の顔を伺う様子を見せていた。後に引けない!そう思って、ようやくまた声を振り絞って言葉にした。


 僕「付き合ってください!!」

 その子「・・はい!」


 好きだった「あの子」が、「恋人」になった瞬間だった。そして、初めての告白だった。

 翌日、仲のいい男子クラスメイトに報告したら、実はクラスメイトのほとんどは僕たちが両想いだということを知っていて、どうやってくっつけようか画策していたとのことだった。ありがとう、だけど許さん(笑)。

 それから後日のことだ。学校の廊下で、ある女子クラスメイトが窓から何かを覗き込んでいるようだった。何をしているのか、話しかけたところ。どうやら外で告白が行われている最中で、その現場をを窓から見ているとのことだ。


 女子クラスメイト「はじめちゃん(僕のことだ)の影響なんだよ。」


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。少し聞いてみたら、僕が告白でうまく実を結んだと噂を聞いた男子たちが、なら俺たちもいけると奮起して告白に踏み切っているのだとか。彼女が知っているだけでも3人いると言っていた。告白ラッシュみたいだった。アザのあるあいつが実を結んだんだから、なら俺もいけるだろうと考えたのではないかと想像してしまう。見下されているようで腹が立った。男ども、撃沈してしまえ!

 ついついアザを中心に思考してしまう癖がその頃はまだ抜けていなかった。というか、心底性格の悪い奴だと思われるかもしれないけど、当時の僕は本気で思っていた。でも今ならこう言える。僕の行動や存在がエンパワーメントになったのなら素直に嬉しい。僕は背中を押すきっかけを作っただけで、実際に行動に移したあなた達に敬意を。みんなに幸あれ!

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アザもちの記憶の断片。 分倍河原はじめ @bubaihajime

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