12見える人

中沢に情報をくれたのは、○○市に就職した大学時代からの友人南山からだった。今日は数年ぶりに会う約束をしていた。すでに居酒屋の席に座り中沢の到着を待っている。


「久しぶり。待たせてしまったかな?」


「中沢!おまえあんまり変わってないなあ。まあ座ってくれ」


席に着くと再会を祝い二人は乾杯をした。中沢と南山はH大学探検部のOBで今でも連絡を取り合う仲だった。大学での思い出や、今の職場のこと、他県に就職していった同級生たちのことなど話し友情を確かめ合った。


「例の地方新聞の記事はどうだった?」


南山は新たにビールを注文し中沢にも勧めたがもう結構と断った。


「二つの観点で面白い事案だと思うよ」


?といった南山をよそに中沢は続けた。


「フォークロアの情報の伝播とその経路。もう一つはオカルトとリアルの境界線がどこにあるのかについて」


「フォークロアか。写真の真偽は重要ではないってことか」


「あの写真は捏造したものだろう。でもそのことは前者の意味で重要ではある」


「あの怪獣の写真にはすぐ飛びつくとは思っていたけど、社会学的見地でこの事件を捉えているのか。僕の情報提供も無駄ではなかったってことだね」


南山は自分のグラスにビールを注ぎ続けた。


「じゃあオカルトとリアルの境界線というのは?」


ふむと一息おいて


「まだ未習熟の子供達の話が全て出鱈目だと思うかい?むしろ常識に囚われていない観察に信憑性がある場合もあるんじゃないだろうか?」


中沢は取材で得た自分の見解を述べた。それは子供達の妄想や悪戯を擁護する立場にも聞こえたが、その中には真剣に沼の噂を研究しているナオトのことも語られた。


「しかし集団心理や心霊現象と客観を一緒くたにするのはおまえのスタイルに反するだろう」


中沢達が在籍した探検部はジャーナリズムをモットーとしていた。南山は中沢の発言がかつての探検部の理念とかけ離れていることが気になっていた。


中沢は一度だけ怪しい生き物を見たことがある。少年時代過ごした田舎で大蛇を見たのだ。そのことを親や同級生に話しても信じてもらえず、切ない思い出になっている。子供の目に倒木をそう見せたのかもしれない。大蛇と呼ぶほどの大きな蛇ではなかったかもしれない。しかしあの日見た生き物は、林道を塞ぐほど巨大で黒光りする鱗の輝きは紛れもない現実であったと確信している。


大人になってからもそのことは忘れられず、探検部に入ったことも、月間ウーに入社したことも、その時から続く情熱がそうさせていた。


「確かにそうだけど、自分にもあの頃に戻れば何か見えてくるような気もするんだ。だからその境界線を突き止める必要がある」


ナオトのことを思い出していた。あの少年は何かを隠している。それは出版社に勤めてインタビューを重ねるうちに身についた職業的な勘で自負もあった。南山からジャーナリストのあり方を問われた直後、勘に頼る自分の姿を自嘲した。


「なるほど境界線か。ロマンチックな話に聞こえたけどロジックに向き合っているのならそのアプローチの仕方も面白いものになりそうだ。それが出来そうなのはお前ぐらいだけど」


南山は中沢という男をよく理解していたし友として応援していた。中沢はやはり自分も飲むとグラスを差し出し今日二度目の乾杯をした。探検部に栄光あれと。


………………………………………………………………………………………………


ホテルに戻った中沢は手帳を開き、インタビューの草稿をノートに書き写していた。ナオトへの取材意外に三川小の生徒数名と大人にも沼のことを聞くことができ噂話には大きく二つのパターンがあることが分かった。一つは沼には幽霊がいて子供を沼に誘い溺れさせるといったよくある幽霊譚だった。このことは少女が行方不明になった事件と強固に結びつき子供たちへの教訓にもなっていると考えられる。


もう一つ多く聞かれたのが、沼の奥に広がる森に狼が潜んでいるといったものだった。夜中に遠吠えを聞いたと言うものが大勢いて、大人たちも聞いたと発言している。こちらは客観的な物理現象の観測で幽霊譚とはその話の本質が異なっている。


野犬の遠吠えというのがことの真相だろう。遠くの団地に飼われている犬の遠吠えが、風に乗って聞こえてきたのかも知れない。新聞に掲載された怪獣めいた写真には四肢のようなものも確認できるが、これは森の狼から想を得た創作物のように感じられるところがある。


ナオト少年はこの写真を捏造だと看破していて、噂話にも距離をおく発言だった。では彼は沼で一体何を調べていたのだろうか?白鳥巡査からは、行方不明になった少女と幼馴染だったことも聞かされている。


沼の噂はその不気味な景観が生んだ妄想がほとんどだろう。南山が言った社会学的見地からも論理的に説明できる事柄と言える。しかし何の謂れもなくある日ひょっこり中沢の目の前に現れた大蛇は何だったのかと考えてしまう。少し飲み過ぎたせいで感傷的になっていた。誰も信じてくれなかった大蛇の話。


中沢は沼の噂とナオトには何かしら関係があると睨んでいる。そこには中沢が探す境界線があるのかもしれない。



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