10月刊ウー
日曜日、三川ニュータウン交番に一人の男が尋ねてきた。バケットハットに眼鏡、開襟シャツの出立は刑事ドラマの刑事のようだった。男と話しているのは、その日当直勤務に当たっていた白鳥巡査である。恭しく名刺を渡しハットを脱いで男は名乗った。
「月刊ウーの中沢と申します。この度この新聞記事を見てこちらに伺ったのですが」
そう言ってショルダーバックからくしゃくしゃになった新聞を取り出した。
「例の怪獣の写真をご覧になられ来られたのですか?」
白鳥巡査は渡された名刺を裏表矯めつ眇めつ眺めながら聞いた。名刺にはS社月刊ウーとありその横にゴシック体で中沢勇と印刷されていた。
「ええ、我々の雑誌はご存知でしょうか?」
「すいません、存じ上げません」
すると中沢は、月刊ウーの創刊から昨今のオカルトブーム、UFO、心霊、などへの情熱、特に未確認生物に対しての並々ならぬ愛が語られ、今回、貯水池に纏わる噂と、新聞に掲載された写真について地域住民に取材したい旨が述べられた。
少々慇懃無礼な態度に白鳥巡査は辟易したが顔には出さず
「わかりました。ただし取材の許可は私の一存ではお答えできかねるので、今巡回中の巡査部長の指示を仰ぎます。中でお待ちいただけますか」
三川ニュータウン交番には白鳥巡査の他に佐伯巡査部長と清水巡査が交代で勤務していた。白鳥巡査はこの怪しい訪問客にお茶を出し、デスクワークに戻ろうとした。
「怪獣の噂はいつ頃からあったんですか?」
中沢は白鳥巡査のことなど構わず聞いてきた。
「二年ほど前に三川小学校の生徒たちの間でそんな噂が広まりました。今ほどの騒ぎではなかったんですが、子供達だけで沼に行くことは、禁止になったんです。ですが今年の春頃からまた隠れて行く子がいたようですね」
「沼ですか?」
「ああ、住民の間で貯水池はそう呼ばれています。中沢さんは5月の事件はご存知ですよね?」
「女の子が行方不明になった事件のことですね。まだ入院されているとか」
「そのこともあって、この件は本部からも慎重に対処せよと言われておりまして、中沢さんにとって良い返事ができるかはわかりませんよ」
少し強い口調にも中沢は意に介していなかった。
「噂というのは具体的にどのようなことなんですか」
白鳥巡査は諦めて真剣にこの男の話に付き合うことに決めた。
「よくある噂話ですよ。幽霊やお化け、森の奥から狼の遠吠えを聞いたって子もいます。怪獣は沼に住んでる鯉かナマズの影がそう見えたんでしょう。新聞の写真も見ようと思えばそう見える。…でも自分は子供たちには本当に何かが見えているんじゃないかって思う時もあるんですよ」
「…興味深いですね、つまり怪獣は子供達にしか見えないということでしょうか」
白鳥巡査は少し照れくさそうに笑い
「ここで仲良くなった子供たちの中に、この手の話題にめっぽうくわしい子が一人いて、その子の話が面白くて。学校でも未確認動物を研究するクラブも作ったくらいなんです」
それを聞いて中沢の顔色が変わった。
「未確認動物を研究している子供がいるんですか。それは面白い」
ガチャンと自転車を停める音がした。巡回から佐伯巡査部長が戻ってきていた。がっしりとした体躯と威厳のある人格者で白鳥巡査の上司である。子供達からは部長と呼ばれており、その厳しい態度から恐れられていた。椅子に座る中沢を見て挨拶する。
「こんにちは、どうされたんですか?」
中沢は立ち上がり名刺を渡して再び名乗った。
ご苦労様ですと白鳥巡査。それからことの経緯を説明した。ふむふむと佐伯部長は頷いて聞いている。今まで新聞記者の取材はいくつかあったが、中沢の素性がわからなかったので本部に連絡することにした。本部からの答えは、今しがた雑誌社から連絡があり、件の中沢という男は月刊ウーの記者で間違いないとのことだった。
「取材の方は構いませんが一応三川小にも一報入れておきます。知らない人間が団地内をうろついていたら父兄の皆さんも心配するでしょうし。少女の事件もあったばかりなので住民のストレスにならない範囲でお願いします」
佐伯部長は丁寧に説明し白鳥巡査に団地内の案内を命じた。恐れ入りますと中沢は頭を下げお礼の言葉を述べた。
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「写真は匿名で新聞社に持ち込まれたそうですが、その未確認動物を研究している少年が撮ったものではないでしょうか?」
白鳥巡査は自転車を押しながら中沢と並んで歩いていた。
「いや、それは違うと思います。確かに沼のことは調べていました。ですがもしナオトならもっと決定的な証拠になる写真を撮ると思うんですよ」
ついナオトの名前が出てしまった。
「ナオト君というのですね、その少年は」
「はい。山田直人君です。沼のことを知りたいんであれば、会ってみますか?」
そう言うと中沢は是非会ってみたいと言い、白鳥巡査はナオトの住む9号棟に向かうことにした。
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