第2話 踏み台都市
その都市では、足を引っ張られるのが日常だった。
通りを歩けば、地面の隙間から無数の手が伸びてきて足首をつかむ。
電車のホームでも、オフィスの廊下でも、病院の待合室でも。
誰も驚かない。それは「普通のこと」だからだ。
引っ張られたら、踏みつける。
それが唯一のルール。
そうして人々は互いを踏み台にしながら、都市を積み上げてきた。
街には階層がある。
一階層目は「引きずり込まれた者たち」の層。
声にならない呻きと血の匂いで満ちており、誰も自ら降りようとはしない。
二階層目は「踏まれるために並ぶ者たち」の層。
彼らは足を差し出し、顔を差し出し、ただ黙って踏まれる。
いつか自分も上に行けると信じて。
三階層目以降は、必死に上を目指す者たちの層。
互いの喉を踏み潰し、背骨をへし折り、踏み跡を螺旋状に積み上げていく。
高層ビルより高く、雲を貫き、太陽を遮るまでに。
都市は「踏み台」でできていた。
コンクリートも鉄骨もない。
ただ無数の人の顔と手と骨が、層を支えていた。
市の広場には大きなモニュメントが立っている。
「引っ張られたら、踏み台にしろ」
その一句が、金属のプレートに刻まれている。
それは市民の祈りであり、呪いだった。
子どもが生まれれば、まず最初に「誰を踏むか」を教え込まれる。
学校では「効率的な踏み方」「体重のかけ方」「踏まれるときの心得」を叩き込まれる。
誰もそれを疑わない。疑った者は、すぐに足をつかまれ、引きずり込まれて消える。
私はその都市で、ただひとり疑問を持った。
「なぜ、上に行こうとするのか」
夜、眠ると必ず夢を見た。
私が踏みつけた顔は、すべて私自身の顔だった。
苦しむ私、泣き叫ぶ私、無表情の私。
無数の「私」を踏み潰して、私は都市の高みに登っていた。
だが、登れば登るほど景色は変わらなかった。
下を見ても、上を見ても、ただ踏み台の螺旋が無限に続いているだけ。
都市の外縁にたどり着いた者はいない。
ある日、私は一人の老人に出会った。
彼は階層の隅で、誰も踏もうとせず、誰にも踏まれようとしなかった。
人々は彼を「壊れた歯車」と呼び、近づこうとしなかった。
私は問うた。
「どうして踏まないのですか」
老人は笑った。
「もう上なんて存在しないからだよ。あるのは“下にいる自分”だけだ」
その夜、私は初めて夢を見なかった。
代わりに、床下から無数の足音が聞こえた。
それは私を呼ぶ音だった。
翌朝、私は広場に立った。
モニュメントの前で、人々が列を作っていた。
誰もが互いを踏みつけ、順番を待っている。
私はその列に背を向け、ゆっくりと地下へ降りていった。
足をつかむ無数の手を、今度は踏まなかった。
その手は意外にも優しく、私を抱きとめ、深い闇へと引きずり込んだ。
最後に見たのは、地上で螺旋を描き続ける踏み台都市の姿だった。
太陽に届くほど高く積み上がっても、その上には何もない。
ただ、延々と足を踏み鳴らす音だけが響いていた。
(終)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます