第3話 踏み台都市 ― 群像編 ―

Ⅰ. 少年


少年は学校で「踏み方の授業」を受けていた。

黒板の前に並べられた人形は、顔だけがやけにリアルに作られている。

教師は言う。

「ためらってはいけない。強く、真っ直ぐに踏み抜け。そうすればお前たちも上に行ける」


クラスメイトは笑いながら、次々に人形を踏み潰した。

少年だけが動けなかった。

その人形の顔が、自分の母親に見えたからだ。


その日の放課後、少年は都市の下層へと逃げた。

暗い地下には、踏まれることを拒んだ者たちが蠢いていた。

誰も言葉を発さない。ただ、上を見上げ、無数の足跡に覆われた天井を眺めていた。


Ⅱ. 踏まれる女


女は自らの顔を差し出すことで生計を立てていた。

「踏まれ役」と呼ばれる職業がある。

誰かの踏み台になることを選んだ者たち。

彼らは社会に必要不可欠であり、同時に最も軽蔑される存在でもあった。


女は足音を聞きながら待つ。

踏まれる瞬間、世界がぐにゃりと歪み、自分の意識が宙に浮かぶ感覚を覚える。

一瞬だけ、彼女は他人の重さを自分の内に取り込む。

それが快楽になっていた。


しかしある夜、彼女の顔を踏んだ男が、次の瞬間、血の海に沈んだ。

男は上に行けなかった。

代わりに、女の心の中に「誰かを踏みたい」という衝動が芽生えた。


Ⅲ. 踏む者


中年の男は出世を夢見ていた。

取引先を出し抜き、同僚を蹴落とし、家族すら踏み台にして上に登ってきた。

階層の高みから見下ろす都市は、地獄にも天国にも見えた。


しかし、夜になると必ず夢を見た。

踏み潰した顔がひとつひとつ蘇り、無言で彼を見上げてくる。

男は足元を見ないようにして、さらに上へと登り続けた。


ある日、ふと足元が空洞になっていることに気づいた。

下には何もなかった。

自分を支えるものは、もう一つも残っていなかったのだ。


男は静かに落ちていった。

足を伸ばすと、無数の手が彼を引きずり込んでいった。


Ⅳ. 老人


老人は街の隅で「踏まない者」として知られていた。

誰も彼に近づかない。

都市のルールに背く者は危険だからだ。


だが老人の目は澄んでいた。

「上など存在しない。あるのは“下に沈む自分”だけだ」

そう繰り返す彼を、若者たちは狂人扱いした。


ある夜、少年が老人を訪ねた。

「どうして踏まないんですか」

老人は笑った。

「踏めば踏むほど、自分自身を潰すことになるからだよ」


翌朝、老人は姿を消した。

代わりに都市全体に、不気味な沈黙が広がった。


Ⅴ. 都市


都市そのものが呼吸を始めていた。

踏み合う足音は鼓動のように鳴り響き、

引きずり込む手は血管のように脈動し、

顔でできた壁は呻き声を上げていた。


少年はそれを見上げ、悟った。

都市とは巨大な「踏み台」そのものなのだ。

誰かを踏み続ける限り、この街は成長を続ける。

だが、それはどこまで積み上がるのだろうか。


空を突き抜け、星を押しのけ、宇宙の外側に達したとき、

踏み台都市は何を支え、誰を踏むのだろうか。


少年の足元で、地面が震えた。

次の瞬間、都市全体が、誰かに足をつかまれているように沈み始めた。


(終)

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